性教育について

日本人はやたらとセックスを恥ずかしいものと捉えて、子どもにも語れない人が多いように思います。

自分がまったく経験なくて語れないのなら、それはそれで仕方ないのですが、愛人や浮気、風俗、セフレに至るまで、様々なセックスをしておきながら、語れないってのは少々不思議です。

子どもにも語れないような罪悪感の伴うセックスをしなければ、それについて何らかの自分の価値観は語れるのではないかと思います。

 

子どもと言えど、細かいことは多分個人差があるのだろうから話しませんが、息子たちには幼稚園に入るまでには、男女の体の違いについて、絵を描いて教えていました。

 

どうやって子どもが出来るのかも。

 

そして、家のなかにたった一人しかいない女=私の生理の日には、お風呂などで出血していても、その仕組みも説明していました。

 

あるとき、電車のなかで私が

「お腹がいたい」

とポツリと呟くと、3歳だった次男が

「母さん、大丈夫?今日は卵が流れる日?」

と大きな声で(笑)

つまり生理と言いたかったのですが。

 

長男が小一の頃、クラスの子が子どもの作り方について先生に迫ったものの、先生が誤魔化していて、呼ばれもしないのに前に出て、黒板に子宮や卵巣の図をかいて説明しはじめて困ったと聞きました。

 

私の考えでは、

大人たちが変に性的な考えを隠すので、それを「よくないこと」や「きたないもの」または「レイプ」や「お金で買うもの」という認識を植え付けてしまうのではないかと思ったわけです。

 

本人たちの個人的な嗜好は別として、先に体のことや仕組みくらいはサラリと教えておいた方がいいと思いました。

 

娘についても同様で、小学生のころには本人が「生殖器について」という自由研究を提出しています。

 

そんなこんなで、離婚したあとも、私は隠さずに誰とキスしたなどと話すと、キスについての生物学的な見解を長男が教えてくれて

「うわー、それおもしろーい!」

となったり、次の相手は彼だと思うと、夫のことも紹介してあり、息子たちは自分とひとつしか違わない夫についても、受け容れられる器の大きい男になっておりました。

 

娘は女の子なので、さらに詳しく話していて、価値観を聴いていると、まずよくわからずに誰とでもするようなものではないと思っているようですし、モテることとセックスすることを混同することもありません。

 

理想のSEX に書いてあるように、それも生き方の表れであると思っている私は、そこについての価値観を、我が子にも、他人にも語れます。

 

かつて、性的な虐待を大人から受けたことのある私は、理性と知能ある人間が、まちがっても力で抑え込み、脳の快楽物質を得るためだけの行為としてするものがセックスではないことを、我が子たちには理解していて欲しかったのです。

 

細かいことについては語りませんが、うちは、性について母子でも普通に会話をする家庭です。

 

気持ち悪いとか、恥ずかしいという親は多分、自分が気持ちわるく、恥ずかしいセックスしかしたことないのだろうと思います。

 

崇高なセックスをして、是非子どもたちに語ってあげてください。

 

いいものはすべて、子孫に継承すればいいと思います。

 

私ももう少し語れるように努力します(笑)

 

今日も皆さんありがとう。

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