父について

今日は父の誕生日の御祝いということで、家族で食事会をしてきました。

最近になって、よくこどもの頃の私からみた父親がどんな人だったのかと思い出すのですが、一言でいうならスーパーマンでした。

野球のコーチ

父は少年野球のコーチをしていました。自分もソフトボールをしており毎週日曜日はどうやって時間をやりくりしていたのわかりません。

時に父のうけもつ学年の子どもたちを全員つれてきて、家の中がいっぱいになることもありました。

スキーはスーツで滑る?!

慰安旅行か会社のグループ旅行だったのか、大山のスキー場をとおりがかったときに、いきなり父が「スキーをしてくる!」といい始め、スーツのまま誰かにスキー板とストックを借りて、上から滑ってきたのを覚えています。母は呆れていましたが、その頃の私はまだ小さくて、その何がおかしいのかを理解できませんでした。

崖から飛び込む

なぜ泳ぎが得意なのか知りません。海に行ってもいつも私たちの相手を少しすると、独りで沖まで泳いでいってました。私たちが生まれる前には、海水浴場でなくても、よく崖から飛びこんで泳ぎにいったものだと、祖母からもききました。

いつも一番

運動会の保護者の徒競走、野球チームの運動会、走るのが早いのでいつも一番でした。

喧嘩に負けたことがない

夜に友人と呑みに出掛けると時々、血を流したり、怪我をして帰ってきます。血の気の多いお友だちが多かったのか、父が止めても友人が喧嘩をして怪我をし、だいたい助けに入るというパターンでした。いつも母は父が連れて帰ってきた友人の手当てもしてました。

人を助けるのが当たり前

例えば電車に乗っていて、途中の駅のホームに誰かがうずくまっていたりしたら、「降りるぞ」と言って家族ごとその駅で降ります。そして「おっちゃん、大丈夫か?」とたずね、その人が単なる酔っぱらいであろうと、体調不良であろうと改札を出てタクシー乗り場まで連れていき、タクシーに乗せて見送るのです。救急車が必要なら救急車を呼びます。町を歩いていても、浮浪者の人にでも、体調が悪そうならすぐに声をかけていたし、お年寄りの荷物や女性が重そうに荷物を持っていたら、駅の階段などはいつも自分が荷物を運んで降りていました。そして、ありがとうございましたと言われても、軽く相槌だけうって、後ろも振り返らずに消えていく姿を私たちもそばでいつも見てきました。

不良にも好かれる

私たちが中学当時、非行がひどくなり大荒れに荒れていた学校。そんな中、なぜか父は彼らに好かれ、注意しても彼らは父にだけは素直に「はい」と返事をしていました。父はポケットマネーで銭湯で出会った子どもたち全員にジュースを飲ませたりもしていました。

子どもと動物にも好かれる

犬や猫かかわらず動物は父になつきます。子どもを本当に好きなのだということがわかるのか、知らない赤ちゃんも泣きませんでした。イクメンという言葉が今流行りになってますが、父は私が赤ちゃんの頃から、私をお風呂にいれたり、公園に連れていったりして、近所では子煩悩で有名だったようです。家事は掃除など週末にいつも父が率先してしていました。そして、仕事が終わったあとなどは、決して寄り道をしたことがない父でした。

愛を受けていない子どもは愛がないなんて大嘘!

父は、三歳の頃から血の繋がらない継母に育てられました。虐待は酷く、大きな傷痕が今ものこっているくらいで、現在でもそのときのことを夢に見て時々うなされています。しかし、父が人を疑ったり、意地の悪い行いをしたりしたのを見たことはなく、祖父がなくなったあとも祖母の面倒を同居してずっとみていました。外でも家でも、何も変わることのない両親でした。親の育て方が悪いから、荒れてるだの、人を大切にできないだのは嘘だといつも言っています。

常に家族で行動

夜は大抵母と二人で出掛けていました。休みは弟と野球に行き、打ち上げの焼き肉は必ず母と私も呼ばれ、そばで食事を共にしました。長期休暇はいつも家族で旅行。父が独りで行くことは、よほどでないかぎりありませんでした。今も両親はとても仲がよく、お陰で私は自由にさせてもらえてます。

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そんな父親は私から見てまるで「スーパーマン」でした。サラリーマンなので、経済的には裕福ではありませんでしたが、いつもキラキラしていて、年齢よりも10歳くらい若く見えます。もちろん、人並みに母とも何度か危機はありましたが、私のように離婚に至らなかった理由は今ならわかります。

母が難病になってからも、愚痴ひとつ言わず、父は仕事に行きながら家事も手伝ってきました。

これが私にとっての普通の男像でした。

男はスポーツ万能で、力もあって、弱きを助け、家族を守る。

 

当たり前のことでした。

私にとっては。

 

先日、いまの夫に、私が離婚してきた理由が父親の影響があるのではないかと言われ、改めて父親について考えたところ、確かに私の周囲のどの男性にも、当てはまらないと思いました。

母も同じような行動をする人で、父だけがこうだったわけではありません。

両親と私は生き方は大きく異なるものの、人間の本質はきちんと教えて貰ったのかもしれません。

 

今日は父の喜寿の御祝いでした。

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先日偶然、別の手術をする予定で入った手術前検査で、初期の癌が見つかり、急遽、ガン摘出のオペに変更されました。私たちがそれを、聞かされたのはオペのあと。

結果的に取りきれたので心配はありません。

 

父は大病もしたことがありませんでした。

助かるようになっているのだなと思いました。

 

やはり物事は巡りめぐって自分に還ってきます。

裕福ではないけれど、父はいつも幸せそうです。

 

私が困らせたりしなければ笑

 

助けていただいて皆さんに感謝します。

 

今のうちに親孝行しないといけませんね。

 

 

 

 

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