家族のおかげ

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家族のおかげで今の自分があります。

これはいつも強く感じていることで、もしも、私が18で結婚していなければ

きっと今頃、もうこの世にいなかったと思います。

家族というのは、厳密に言えば三人の子どもたちでしょう。

幼少期から身体が弱く、20代後半までは毎月病院のお世話になっていました。

医師から「このままいったら死ぬよ」と最後に言われたのは28の頃。離婚して息子たちと別れた直後、仕事の無理がたたった時でした。

病院で点滴を打たれながら、そう言われてもピンとこないくらい、自分のことには無頓着でした。

小6の頃「この病気は高校生くらいになったら、寝ている間に死ぬことが多い」と医師に言われたときも、ふーん、そうなのかあ……という具合。そもそも長生きしたいなどという感情が生まれたときからありません。

でも、運命は上手くできているもので、拒食症になっていた私に、若くして母となる機会が与えられ、その息子を守りたいがゆえ、食事や健康的な生活に気を配るようになりました。

離婚してまた、自己を顧みない生活が始まれば、アレルギーの彼が現れ、治したくて食事を共にするようになりました。

娘が生まれてまた、彼女を守るためにさらに健康的な生活を送るようになったわけです。

思い返せば、私はいつも誰かのために早朝に起きてお弁当を作り、誰かのためにおやつを作り、家族を治したいから勉強し、気づいたら、自然治癒力の高い身体が出来上がっていて、少々のことではビクともしない人間になりました。

自分一人なら、外食ばかりになっていたし、面倒で食べない日も続いたでしょうし、小学生の頃からコンビニのある都市に住んでいたので、近くのコンビニの常連さんになっていたこと間違いなし。

食べることにさほど興味もなく、学生の頃も、友人にスイーツを食べに行こうと言われても必ず断り、お酒ばかり飲んでいました。

子どもたちは全員母乳だけで育てたので、自分の食事にも気を配り、パンも手ごねて焼いたものを離乳食に使うような生活。

彼らに、自分の守り方を教えるために、私自身をも守ってきたというのが原因で、何十年と続けた結果、人は私を健康オタクと勘違いしています(笑)

今も多分、一人になると雑です。

だから、夫のおかげなのだと思います。

これって、自分の命を守るためのリスク回避だったんでしょうね。

大切な人が必要なのは、実は自分が生きるためだったのかもしれません。

そうでもしないと、私は自分が生きるためにエネルギーを使えない人間だったと思います。

娘がそろそろ、私が結婚した年齢になりますが、まだ夫がいるので、彼を守りたいゆえに、自分を守ることもできます。

さらに息子を産まなければと思っていたのは、もしかしたら、自分の命をつなげるためだったのかもしれないと思うことがあります。

 

でも、世の中には不食の人が10万人もいるとか?

もしも私の身体が突然変異して、不食で生きることができたなら、食物連鎖を利用しすぎたおかしな人間のシステムに関与しなくてもよくなるので、生きていても問題ないのかもしれません。

食べること=生きることは、私にとっては案外簡単ではない人生のテーマでした。

もちろん、家族がいるからこそ、頑張って乗り越えたことが他にも数え切れないほどあります。もし私が自分一人だったら、何も望んでないでしょうし、無茶苦茶な生活だったような気がします。

人はひとりでは生きていけないということを、私の場合は、生命を維持するところから、考えさせられています。

 

私のもとに生まれてきてくれた三人の子どもたちと、私が一緒にいたいと思える大切な存在すべてに、ありがとうと伝えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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