言葉

言葉はある特定の人に放たれていて、そのエネルギーはそこに焦点を合わせる時、相手が感知していると私は信じている。

逆に相手が放った負のエネルギーでさえも私に向かってのものであれば、目を止めた瞬間に感知する。

放たれたものが正のエネルギーであれば、受容したとき、それは愛し合うということになる。愛し合うとは、何もセックスすることではない。

綺麗な言葉を使うとか、悪態をつくとか、そういうのは実際どうでもよくて、そこに乗っているエネルギーがどういうものなのかの方がずっと大切なのだ。

私は、言葉を生業にしている。画家の絵と同じことである。

全責任は自分がとらないといけないし、クリエイターなので、どんなものを創ろうと自由とも云える。

私は綺麗事は云わない。
直接お会いしたときも、きちんとそこに自分のエネルギーをのせる。これは、相手が受容しようと、拒絶しようと、伝わっているときはわかるものである。

 

必要ならば現れる

必要なければ消える

 

人ってそんなもんだと思う。

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