随筆 10

どんなに信じていても、人は暫くするとなぜか自信がなくなるようだ。

信じ続けることはある意味、才能なのかもしれない。

自分のことさえ信じられず、他者の意見で一喜一憂して、人生を誰かに任せてしまう人だっている。

他者に任せるなら全面的に任せてしまうのも一つの方法なのだろうけど、一部自我が強く出て、都合よく「自分らしさ」などを主張してしまうのも、また人間味ともいえるのかもしれない。

しかし、自分を信じることが出来ない人を、怖くて他者は信頼できない。

まずは自分の人生は自分で責任をとることしかできないという、大前提を思い出すべきだ。他者に任せて不幸になるのも自分の責任。幸せになるのも自分の責任。選んだのは自分。失敗しても自分。

どうせ、その責任からは逃れることはできないのだから、自分の人生くらい自分で創りたい。誰かの考えたストーリーどおり生きるなんて、ちっとも面白くない。

私たちは自由だ。

自由じゃないと思い込むのも自由だけど・・・・

 

真実の追求をテーマに小学生の頃から生きてきたけど、

真実は虚無 リアルはファンタジー

というところに今のところ落ち着いている。

 

意味付けしたがるのが人間だけれど、実際のところ何も意味はない。

だけど、せっかく明日を創造するなら、わざわざネガティブなお話を創るのではなく、幸せなお話を創り続けたい。苦労もそのなかのスパイスみたいなもので、それがあるから、大きなクライマックスに感動出来たりするのだ。

 

何を信じなくてもいいけれど、自分だけは信じていたい。

たんたんとお話を創造しながらノンフィクションにしていきたい。

以前「ノンフィクションファンタジー」というタイトルでMINDのカテゴリーで記事をかいてあるけれど、あの続き、今月また一つ、本当になった!

 

昨年末、とある方の勉強会なるイベントで宣言してあったこと。

微塵もその気配がなかったのに、あれよあれよとそうなった。当初、無理やりその形にもっていこうとしていたけれど、その時はうまくいかず、天命に任せて放置していたら。思いがけずそうなった。

 

スキルって要らないと思う。

決めておくだけなのかもしれない。

ある「点」を決めて信じていれば。勝手にいつかそうなってゆくものなのかもしれない。

もう少し、確認作業を、人生の中で続けてみたい。

 

だけど、こんな私を信じていてくれる人が、もしもいるとしたなら

「すごくすごく、ありがとう!!!」

と大声で叫ぼう。

 

今日も皆さんに幸あれ!!!

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