目的を考えれば真実はみえる

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普段何気なくしていること。流されるように生活すると見えなくなっていることがあります。

例えば、有名ファストフード店などで、ポテトを食べていると、私は「ここの創業者の目的はなんだ?」とふと考えたりするのです。

 

その想像できる目的を考えると

ありがとうと思ってそこにお金を差し出すか、仕方ないと思ってお金を落とすか、二度と関わらないか、などの選択ができます。

自分の命の時間を使って、そしてそれを信じてくれてお金を払ってくれた人に対して、または、そうして働いてくてた夫や夫を信じてくれた人に対して、無駄遣いは申し訳ないので、なるべくそのようなことを考えたいと思っています。

 

この国はモノが溢れているので、今後はこうして本質を見抜く人が多くなってくると思っています。

 

たとえば、ネット上で溢れる情報が、どんな人が何を目的として書いているのかを考えれば、それを扱う企業が信頼できるかどうかも判断できます。

 

目的を考えればその本意がわかるのです。その目的を考えれば、責任感があるかないかもわかります。例えば多くのお金を手に入れた人が、それを何に使っているかで、その人が利己的なのか、自分に命の時間をくれた人に感謝しているのか、一目瞭然ですよね。

 

だから、私は肩書きではなく、その人そのものを見るわけです。

 

なんとなく消費していた人々が、どんな人がどんな想いでそれを創っているのか、というの方にシフトしつつあるのではないかと感じています。

 

消費する側が、経営者の目的を考えて消費活動をすることや、お金をかけるより一手間をかけることに喜びや幸せを見いだしていくような気がしてなりません。

 

そして、その本質を消費者が見抜けば、どんどんビジネスは淘汰されていくのではないかと思うのです。

 

そして創る側は、その利益をどこに使うのかを明確にしておくことが必要となるでしょう。

 

そうすれば、騙し合うことなく、必然的に助け合う世界が築かれていくのではないでしょうか。

 

そのために、本質を見抜く目を人々が持つことが重要なのです。

 

その人がなんのために「綺麗事」を並べるのか。

 

なんのために、自分をコントロールしようとするのか。なんのために、それを勧めるのか。

 

すべて目的、理由があります。

 

今日一日、自分がなんの目的でそれをしているのかも、同様に整理してみるといいかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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