美しく平和で幸せな世界のつくり方

自分が生きてる間、最期まで美しく

暮らしている場所が平和で

時に涙はながすことはあっても

それでも とても幸せな毎日

悔いのない人生・・・・・

 

そんな生き方は最高です。

そして、自分のそれを作る方法は簡単です。

 

 

目の前の人を愛する

 

自分の家族を愛することです。

親、兄弟姉妹、子どもたち。

簡単でしょ? 

 

隣人を愛する

 

隣人を愛することです。

隣人と呼ぶのは広義では他人ということです。

隣人と、手を繋いで助け合うことです。

全員が同様にすれば世界は瞬時に変わるでしょう。

顔が違う。

得意なことが違う。

遺伝子も違う。

生まれた場所も違う。

それを比較する要素にするのではなく補いあう要素にするだけです。

 

棄てるもの

 

とっても簡単です。

一つだけです。

生きる意味を考えて意味付けしたがるのがニンゲンですが、本来は動物と同じで、生まれて、食べて、寝て、交尾して、子孫遺して死ぬだけです。

縄張りなどを考えて闘ってきたかもしれないけど、いまや、ニンゲンはたくさん勉強したのだから、どのくらい食べたら明日に命を繋ぐことが出来るかも知っているし、地球の上でこれだけ生物が生きているということは、それだけ循環する食糧があるということくらいは知っているはずなのです。

 

とすると、もしも多くを自分だけが確保しようとすると、種の保存から遠退いていくのではないでしょうか。

 

地球上の資源を分け与えて自然とも共生すれば、自然死で逝く人はいても、争って同じ種族同士で個体数を減らすようなことにはなりません。

 

太陽活動や地球の活動で災害が起きて、自然に淘汰されることは動物として受容するとして、ちょうどいいバランスが、その時々の地球の状態から生み出されると私は思うんですよね。

 

そのために棄てるものは一つだけです。

本能的欲求を客観的に判断する知能がいまやホモサピエンスにはあります。

過ぎた欲は要らないと思うのです。

ヒトは群れる動物だから利己主義は嫌われるのかもしれません。

相互扶助できる人格者が好かれるのも「群れる」動物の習性からかもしれません。

 

 

生きていくのに最低限必要なことがあれば十分です。

物をたくさん消費すれば、世界の裏側で誰かが困っている。

物を独占すれば、それだけ不足する人がどこかで生まれる。

足るを知ることですよね。

 

 

決して失ってはいけないもの

 

そして決して失ってはいけないのはです。

 

 

無駄な消費を減らし、他人と比較することをやめ、家族と愛し合い他者も愛して大家族になって、いつも満たされていれば、肩書や地位を欲しがったりたくさんの物を持つことで存在価値を見出すことは必要なくなり、誰かに認められたいなどと思ったりもしなくなるのではないでしょうか。

 

できるだけ少ないエネルギーで最大の幸福をつかむことは誰にでも可能なのです。

羨むべきはそういう人々なのだと私は思います。

 

富とは裸になっても持てるものである  

MAHIRO思考より

 

今日も皆さんありがとう

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