ねたみは幸せの証?!

この国はいつも笑いながら人々が戦っているように感じて怖いです (笑)

どこかで自分にも手が届くと思い込んでいる知人・友人・公人などの成功は

「なぜあいつだけ?!」

っていうような感情がわいてくるのかもしれません。

 

何かに成功したように見える人をみるときや、本当に凄い人を見たとき、

人は単純に「凄い」なんて言葉は使えないものです。

その結果を得るまでの過程を想像すると

その人の失敗やキズや努力が彼の背中から後ろに続いていることが容易にわかるからです。

現在の姿だけをみて「凄いですねー」などと言える人は幸せなのです。

妬んだり羨んだりする人も同じです。

 

それは、その人がそれを想像しなければならないような苦労をしてこなかったということだから。

そういう人は自分が幸せだと気づいていないことが多いのです。

気づいていないから妬みます。そして、人を羨み妬むことで、自ら幸せを棄てていきます。

 

いまに満足する

というのはそういうことだと思うんですね。

「欲する人」は死ぬまで足りない状態に苦しむことになります。

欲に一生左右され翻弄されるでしょう。

 

とはいっても、人間は動物でもあり、生きることに貪欲なので、

食欲、睡眠欲、性欲、成功欲など、欲は尽きることを知りません。

 

生きていくことに必要なことはどこまでなのか?

それが満たされているなら、とりあえず成功であり感謝ですね。

 

他者をねたむ人は

その人が自分と他者を比較していつも優劣をつけているからです。

 

 

人に優劣をつけられるなんて(一部の才能ではなく総合的に)

私はキリストか仏陀くらいしか思い浮かびません。

 

優劣をジャッジし、誰かの功績を妬む者は

とてもポジティブな方だと思うのです。

だから他者を妬む人は本当の苦労をしていない可能性が高いです。

だからその人生にまずは感謝をすることが大切です。

 

そして妬むということはその人が貴方の憧れ・・・・

つまり理想像であるから、その人に近づけるよう努力をすれば

あなたも理想に近づきます。

 

だけど、まず考えてほしいのは

本当にその人のような経験を乗り越えたいのかということです。

絶対的に積みあげないと手に入らないことはあります。

一朝一夕には手に入らないものがあります。

またそれは年齢とは関係がありません。

人ぞれぞれ同じ命の時間でも使い方は雲泥の差があるので。

10代の子が80代の老人をこえる悟りを持つことは可能です。

 

 

 

欲の先の理想って、誰しも持つものだと思うのですが

まず現状が幸福だと気づいた先に

まだ貴方がそれを望むかどうかを

確認してから進む方がずっと建設的だと思うのです。

 

 

結局はすべては自分に始まり自分に帰結するのです。

 

他者に何らかの感情を持っている人は

自分の中にその原因があるということです。

 

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