思考のロンジェビティとアンチエイジング

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息子たちが生まれたときから、私の周りには子どもが集まるようになりました。

仕事にはしていないからこそ、彼らは親や教師には言わないことを私に話しました。

それらは

多岐にわたるものでした。

彼らは成長し、大人になっても、私に話をしました。

結婚した子もいるし、音沙汰がない子もいます。

まだ学生をやっている子もいるし、既に会社をやめた子もいます。

 

記 憶

小さい頃は親に無理矢理塾に行かされることがつらくて、嘘をついて、我が家に遊びに来ていた子もいました。

 

両親が喧嘩をして食事も作ってくれないという小学生もいました。

 

虐められても先生は聞いてくれないと泣く子もいました。

 

思春期を迎えても親に殴られる子も何人かいました。

 

そんな彼らは、大人を信用できないと感じていたように思いますし、そう話していた子もいます。

 

思春期に覚えた違和感を忘れないで、おかしなことは自分たちで変えていけばいいとよく私は話したものです。

 

新生活のスタート

4月朔日

新生活がスタートします。

意気揚々と進学して入学式を迎え

意気揚々と社会人になり入社式を迎えます。

そして、いつの時代も新社会人はそのうちいうのです。

 

俺たちはなにかおかしいと気づいている。

 

大学時代の友人もみな同じことで悶々と悩み、時代を変えなきゃいけないと話してる。

 

そんな彼らも若者から中年になり、結婚したり、転職したりします。

 

そうすると、大半が、いつかおかしいと話していた大人になっています。

 

ニンゲンは、簡単に忘れてしまうものなのですね。

 

そうして40も差し掛かった頃、子どもの気持ちがわからない、なんのために生きているのかわからない、夫婦でも綺麗事ばかりで、本音も語り合えない、などと言い始めるのです。

 

若者はいつも思います。

 

自分たちは新人類なのだと。

 

半世紀も生きているとわかりますよね。

 

時代背景が異なるだけで、さほど変わったことは言っていません。

 

老人も、中年も、若者も。

 

そして、皆、誰と代わっても、同じ意見を口にするようになります。

 

いえ、それがよくないとは言ってません。そうしないと、生きていけないと思いこんでいる人は多いでしょう。

 

ただ、自分を貫ける人は、とても少ないのだなといつも感じます。

 

 

 

一歳の頃、公園で私を突き飛ばした子どもを、なぜそんなことをするのか?と不思議に思いました。

 

小学生の頃観たルーツで、なぜ肌の色や国籍でニンゲンがニンゲンを差別するのか?と不思議に思いました。

 

虐めを見てみぬふりする教師には、いったいこの人は何を守りたいのだろうか?と考えていました。

 

仕事のミスを隠す社員に、なぜすみませんと謝れないのか?と人格を疑いました。

 

自分の子の失敗を、母親が学校や友達のせいにすることを、この人は自分だけがかわいいのだなと横目にながめていました。

 

きっと子どもたちは皆気づいていました。

 

そんな大人になりたくないと言った子どもは、大抵そんな大人になっていきます。

 

なかなか進化は訪れないのですね。

 

ホモサピエンスが別の種になるには、何万年と、かかるのかもしれませんね。

 

そのくらい遺伝的要素は強固で

そのくらい種の進化はゆっくりなのだとしたら

種としてはとても長生きで、なかなか進まない、つまり、年老いていかないということなのかなぁと、物思いにふける春です。

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今日も皆さんありがとう

 

 

 

 

 

 

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