キルティングビーは女性の社交場?結婚の時になぜ集まる?

前回、とても皆さんがパッチワークに興味を持たれたようで、やはりパッチワーク再燃しているのかも!?と嬉しくなってしまいました。

昔は、パッチワークは実用的なもので、布団やカーテンとして使われていました。そこで、そんなキルトにまつわるエピソードをご紹介します。

キルティングビー

キルティングビーとは、皆で集まってキルティングをすることなのですが、村の誰かが結婚するとなると、女性たちが集まるのです。

なぜ?

 

当時、結婚する時に女性は13枚のキルトを持参するという風習がありました。裁縫は日本と同様、女性のたしなみでもあったのですね。だから小さいときから裁縫を教えられ、少しずつ少しずつ縫いためていくのです。

 

キルトというと、大抵はベッドサイズ。

小さなハギレをつなぎ合わせ、トップという表布をデザインして作ります。

このトップを13枚作りため、婚礼が決まると近所の女性たちが集まってフレームにはめて皆でキルティングをするのです。この姿を蜂が群がることに例えて、キルティングビーと呼ばれました。

 

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(画像はネットからお借りしました)

 

トップを縫いつないでいくのも時間がかかりますが、中綿と裏布を重ねて三枚にし、表から裏までしっかり針を通しながら縫っていくキルティングという作業は、独りですると数年にも及ぶこともあります。

それを13枚、中にはベビー用の小さなキルトもあるのですが、デザインをかえて仕上げていくのは一苦労だったと思います。

こうして、経験豊富な女性たちが中心となって集まり、誰かを送り出すためにお祝いの気持ちもこめながら、様々な情報交換をしたのでしょう。

服も自分で縫っていた時代、ハギレはたくさんできますし、子どもたちが大きくなれば、小さくなった服は切ってパッチワークに再利用できます。

こんな風に子供たちの思い出を違う形で遺していけるという作業に、私はとても魅力を感じました。

 

もしも婚期を逃した場合は、このキルトトップはどうなるのでしょうか?

 

トランクに入れて屋根裏などにおかれ、時の変遷でアンティークキルトトップなどと呼ばれて販売されたりしたようです。

 

私も23歳頃からキルト(いわゆるベッドカバーサイズのもの)通算でそのくらいは独りで縫いましたが、生徒さんにお別れの時に譲ったり、引っ越しの時に友人に譲ったりで大きなサイズのものは4枚しか残っていません。

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★現在のベッドカバー、24歳の時にキルトトップを作ったもの。

娘は全部作品を置いていてほしいと言うので、現在は販売はしていませんが、かつては委託販売のお店で置いていたり、ファンの方が自宅まで買いに来られたり、当時の小物やバッグはほぼ完売してしまいました。

まだ20代の頃にとりかかったキルトトップが一枚仕上がってないので、老眼で見えなくなるまでに、仕上げた方がいいなと密かに考えているところです。笑

機械化が進むと、手仕事をする人は減ります。途上国でもミシンが主流で手縫いが、できる人が減っています。

時間は短縮され、また既製品を販売するという商売が表れるという流れはどこも同じなのですが、それを買うために女性がまた働きに出るとなると、本来はすべてこなせる自給自足を崩さなければ、お金は必要なかったのかもしれませんね。

素晴らしい技術は遺してほしい、という個人的な想いと、万が一核戦争が起きて助かったとしても、モノがない時代になったら、こういう技術は役に立つだろうなと思ったのも始めた理由のひとつです。

家族は大抵、私のキルトの何らかの作品を持っています。

私が死んだあとに何処かでアンティークキルトと呼ばれていたら嬉しいですね。

 

※写真転載はご遠慮ください

 

 

 

 

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