私と家族の自然治癒 3

二番目の夫は、出会った頃、ひどいアレルギーでした。疲れたり風邪をひくと、全身に蕁麻疹が出て、それが一つに繋がります。頭のてっぺんから足の先まで腫れ上がる感じで、顔は誰だかわからないくらいになっていました。

ある日仕事が休みで、自宅にいた私のところへ彼がお弁当を持ってやってきました。

お昼の休憩が長い仕事に就いていたので、会いに来てくれたわけですが、私はそのお弁当を見て驚愕したのです。

食事の重要性

何気なく自分のお弁当の蓋を開けた彼。

 

Part 2にも書いたように、私は子どもたちに一日30品目食べさせていたような母親でした。

 

この頃、私は離婚して、独り暮らしでしたが、朝はホテルモーニングを食べてから仕事に入るようにしていました。

 

そんな食生活だったので、彼のお弁当を見て、食事がアレルギーの原因だと思ったのです。

 

お弁当は、手作りでした。

でも、大量の白米と梅干、卵焼き。

これだけでした。野菜が全くない!!

 

彼は偏食もひどく、足りないときはこれに加えてインスタントラーメンを食べていました。

「お母さんに野菜をいれてもらって」

 

次にお弁当持参でやって来たときは野菜が少し入っていましたが、マヨネーズたっぷりのコンビニのサラダでした。

 

もうこれではアレルギーは治らない。私が彼のお弁当を作ることにして、朝とりにくるように言いました。そのうち彼は夕食も私の家で食べるようになりました。

 

好き嫌いが多かったので、彼の好みを考えながら、野菜をふんだんに使ったメニューを作りました。洋風がダメなら和風の料理に、和風がダメなら中華風にと試行錯誤して作ると、「この味は好き!」というものが見つかりました。

 

そうして、まず彼の偏食をなおし、栄養の大切さを説き、そのうち同棲するようになりました。

 

アレルギーは同棲した三年のうち、一年目は半年に一度程度の発症までになり、二年目は一年に一度になり、三年目が終わる頃にはもう、アレルギーすらなくなっていました。

 

薬剤やサプリは使用していません。

 

偏食をなくし、朝昼晩手作りをメインに、外食は私が選んだチェーン店などではないところをよく利用しました。

 

それでもスナック菓子や脂ものはよく食べていましたが。

 

同棲と結婚生活あわせて17年、このあと一度も彼がアレルギーを発症したのを見たことがありません。

 

大やけど

 

また、結婚してからのある日、仕事で1500度の鉄板が彼の背中に当たり、ひどいやけどを負ったことがありました。

 

それでも我慢して夜まで仕事をこなして治療もせずに帰宅したので水ぶくれがあちこちにできていました。

 

私は既にアロマの勉強を始めたあとで、火傷によいとされる精油を原液で背中にかけました。

 

そのあと、病院に行ったのですが、医師は精油をかけたことを批判し、オロナイン軟膏を出しただけで、火傷のあとはのこるだろうと言ったそうです。

 

私はそのオロナイン軟膏を廃棄し、毎朝、毎晩、アロエベラの果肉を包帯で巻き付けました。

 

そして二週間ほどしたある日、思ったよりも傷の治りはよくて、ケロイドにはなりませんでした。

 

茶色くなった傷痕がのこるのみとなったので、そこから暫くしてアロエを貼るのはやめました。本人も家族も茶色く痕が残る程度なら仕方ないと思っていました。

 

ところがしばらくして、すっかりとその傷が消えたのです。本人も鏡を見て驚いていました。

 

私も朝の料理をしていて掌を火傷したことがあります。パンを切ろうと、熱々に熱した包丁を握ってしまったのです。

 

水で冷やしてからアロエをはりつけて、包帯を巻きました。お昼にはやけどは消えてなくなりました。

 

もちろん、普段から加工品や添加物をなるたけさけて食事をしていたことや、ストレス、思考からくるメンタル面での治癒を助ける力など、総合的に判断していただきたいと思いますが、二番目の夫は今も身体の不調は私に相談をしてきます。

 

独学で学んだアロマテラピーとハーブ療法。

 

このあとも、これらを使って家族と自分で様々なことを試してきました。

 

つづく

 

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