あなたへ届きますよう

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息子が事故に遭ったとき、私は彼が「歩く」と直感で思いました。

 

二度目の離婚のあと「誰かがこの家にやってくる」と直感で思いました。

 

腰椎がバラバラになってなくなっているのに、歩くわけがないし、離婚直後に彼氏がいるわけでもないのに、それも元旦那と住んでいた家に、次の旦那が引っ越してくるってのも、変な話すぎるのです。

 

でも、思考が現実化するときはいつも

凡人に予想できるような展開では起こらないのです。

 

もちろん、私自身を含めての話ですよ。

 

本を出すので原稿を書かなくては、と思って準備していたのは、息子の入院中から。

 

動画もとってあります。

 

原稿を持ち歩いていたら、それを読んだ人があちこちで話してくれたり、ウェブサイトに投稿すればいいとアドバイスをくれたり、いつの間にか本当に本を出すことになりました。

 

息子は歩くと決まっていたので、たんたんとその準備をしていました。婦長さんに階段をのぼれるようになって退院と予言してありましたしね。

 

いまの夫と結婚するのも、船上パーティーの結婚式も、彼と付き合う前から周囲に話していたので

「相手が決まりました〜」

って光を感じた時点で報告すると、皆さん怪訝そうな顔をしていました。

 

だって、決まっていることだというこの感覚は、他人には伝わりませんから。そして、実際にその後交際して結婚したわけです(笑)私からお付き合いしようとは言ってません。

 

現在もいくつか、決まっていると感じていることがあって、それがまだ起きないので、かれこれ6年から8年ほど待っている状態です。

 

決まっているはずなのに、まだ起こらないので、いつも言うわけなんですよ、家族に。

 

「おかしいなぁ、なんでかなぁ。どうなってんだろう?順番が間違ってたのかなぁ」

 

皆さんは、こういうことには、がむしゃらな努力が要ると思っているでしょう?でも、私の感覚では必ずしもそうではありません。運命みたいな感覚です。

 

がむしゃらに頑張るのではなく、強いて言うなら準備だけきちんとしておけばいいということです。

 

そこに嵌まるような自分に。それは、日々の生活の中で可能なことで、大切な存在を蔑ろにしないことであったり、きちんと身体を守ることであったり、分け与えることであったり、嘘をつかないことや、一切の曇りも心に持たないことに他なりません。

 

いま、自分の心の中で優先度が高い、大切なことを見失わないことなどです。

 

そもそも、人間という生き物が醜く残忍なので、それをベースとしていれば、他生物に申し訳なく思えたり、また、間接的に共食いのように人間を殺している自分の生命活動を懺悔したりして、万物に感謝できるのだと思うのです。

 

話はそれましたが、そろそろ来ていただかなくては困ることがあります。

 

どうやってそうなるのかさっぱりわかりません。いつもこういうときは、見当もつかないのです。

 

でも、私自身にすら想像できない展開で、このファンタジーはノンフィクションになるはずです。

 

あなたを心待ちにしています。

 

今日も宇宙にありがとう

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