表裏一体

物事は表裏一体

一部は全部 

全部は一部みたいなもの

 

憎いと思ってるその気持ちは

その人を好きだからであって、本当に嫌いならどうでもいいので何も感じない。

 

「あなたのせいだ!」って責任転嫁する人は

相手を貶めているかのようにみえて、実は敬っている。

 

なぜなら・・・・・

考えてみてほしい。一般的にアッチ系の強面の人だったとしたら、果たしてその人は、その怖そうな相手に責任転嫁をしただろうか?

 

そもそも責任転嫁とは、自分の非を認めるのが苦しくて相手になすりつける行為だが、彼らも何もわからずにやっているわけではない。相手が襲ってこないこと、やり返さないと分かっている相手に限ってだけ、そのような行為をしているのだ。つまり、相手を「いい人」だとわかっているということになる。

なのでいつも誰かに責任を擦り付けられる人は、自分の人格の評価は高いのだと思った方がいい。

 

また善に向かって行動しているつもりでも、すべての生命が産まれて死に向かうものだとしたら、絶滅危惧種を助けることは、地球的にはもしかしたら、自然の摂理に逆らう行為かもしれない。もしかしたら、助けることで、絶滅する順序を変えてしまうのがニンゲンで、何もしないことがいいのかもしれない。

子孫繁栄すら、種の保存においては正しいかもしれないが、地球的に見ればとても迷惑な行為かもしれない。

成功だの富だの、健康だのと騒いでいたとしても、そもそもそのシステムが単なる洗脳で我々は奴隷化されていて浮かれている馬鹿なニンゲンかもしれない。また、牛耳っているニンゲンがいたとしても、彼らがそこに至るには、とてつもない醜い争いがあって二度とそれを繰り返さないために考え出したシステムかもしれない。

自分は知的な生物だとニンゲンは信じてるが、生命体の中で一番バカかもしれない。

進化は単なる退化かもしれない。

仕事や勉強は単なるひまつぶしかもしれない。

自分で考えているつもりでも、環境に作られた単なる電気信号かもしれない。

 

さて、このように常々表と裏を考えていると、自分が正しいと言ってる人々を見つめることができなくなる。

そして、ニンゲンの動きを見ていると、とりもなおさず、自分も当てはまることに愕然とし、ニンゲンの中のニンゲンだと自覚してしまう。

 

だからこそ、たとえ意味づけしたいのがニンゲンだったとしても、結果的にやはり自分も意味づけしているので、笑ってそれを流していくしかなく、悩むのは馬鹿らしくなる。

 

それならば

思った通りに生きようよ

 

これでいいのではないだろうか。

 

 

 

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