人をコントロールする二つのタイプ、あなたはどちら?

コントロールしたい人、皆さんの周りにもいませんか?

実は、その人がなにをコントロールしたいかによって、行動は大きく異なるのです。2パターンあるようです。

●相手をコントロールする人

まずは、自分ではなく相手をコントロールしたい人。

コントロールする人の側にはコントロールされる人がセットでいます。

コントロールされることを選ぶほうが悪いのではなく、そういうタイプの人は自分で決めないことによって、責任転嫁を他人にしやすくなります。

 

コントロールする側は、誰かを操ることで、自分の存在価値を確認していることが考えられます。

 

コントロールする側の特徴は

  • 脅す
  • 嘘をつく
  • 騙す
  • 罰する
  • 褒美でつる

傾向にあるそうです。

 

例えば「騙される」という言葉を使う人について言えば、誰かが誰かをコントロールするという価値観を持っていることが考えられます。

 

つまりその人のニンゲンに対する世界観が、人は騙すものだ=コントロールするものだというものだから、他人に対してもそう考えるのです。

 

本来、選択は本人の自由です。

 

自分が選択しているように、相手にも人生の選択肢はあります。

 

人と自分は小さな意味では異なること(大義では同じだと私は思っていますが)を理解しているかいないかの違いです。

 

そして、人をコントロールするタイプは自己愛が強く、気に入らないと「相手が悪い」と思う傾向にあるそうです。

相手の生き方を尊重できないのです。

 

ただなぜ尊重できないのかというと、大抵そこに何らかの恐怖が潜んでいると私は感じています。

 

 

自分をコントロールする人

相手ではなく自分をコントロールします。

自分を変化させて人と対峙する人は、責任転嫁をしません。

相手を尊重します。

行動パターンとしてはこうなるそうです。

  • 傾聴する
  • 相手の選択を認める
  • 励ます
  • 成長に貢献する
  • 信頼して任せる

 

同じ自立型の人同士なら意見交換は有意義かつ楽しいものになるのですが、そうでない場合は、相手に「押しつけられている」とか「命令されている」と思い込みうまく噛み合わないことがあります。

 

私は人をコントロールしているように見られることが多かったのですが(若いころは子どもにたいしてそういう部分がありました)主語述語を「私はこう思う」と完結するように話しています。自然の摂理以外で誰かに「これが正解です!」と言えることはそうそうありません。

子どもたちにも、自分で考えて自分なりの生きる道を各々に選択してほしいと願っているし、自分もそういう人と生きていきたいと思っています。

 

●まとめ

こういう傾向をみると、大多数の人は前者は悪で後者は善だととります。

 

それ自体がコントロールされているのですよね。

 

世の中に善悪を決められるようなニンゲンなど一人もいないと私は考えていて、コントロールする人はされるのが好きな人と生きればいいし、そうでない人は、それぞれが自立して、余裕があれば相互扶助すればいいのですよね。

 

他に、コントロールされることもすることもしない、人に関与しないという選択肢もあります。

 

好き嫌いは存在します。

善悪はないけれど。

 

好きな人を大切に。

好きなことを大切に。

 

最終的には「誰も自分を助けられないのだ。自分しか自分を助けられないのだ」ということだけ理解していれば、なにを選択しても問題ないのではと私は思っています。

 

幸せに向かうには自分に素直に。

それが一番ですね。

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

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