自分でも気づけない潜在的な想い

生きている以上、なにかと新しい事象は起こる。

事象といえば大袈裟かもしれないが、成長という言葉に置き換えれば誰しも当てはまるかもしれない。

 

たとえばそれは仕事とは限らず、もっと小さな単位。親子であるとか恋愛であるとか。

 

殆どの人はその事象に対して、うまく馴染もうか、避けて通ろうかとの選択に迫られる。

そして表面的に見てわかる部分で何か行動を起こしてみたり、思考する。

 

一時的には解決したかのようなとりあえずの安堵感は手に入れられると思う。

だけど、もしも自分にとってそれが良くない事象ならば、根源を変化させなければ解決した訳ではなく、また何度でも繰り返されることになる。

再度その事象に出くわすのは、明日かもしれないし、何年後かもしれない。

 

平和になる方法がある。

最少のコミュニティ、家庭のニンゲン関係を、せめて互いに信じ合える関係にすることだ。

そして、隣人と助け合える関係を築くことだ。

全員これが出来れば平和になる。

 

人々は肩書や仕事の形状や生き物の姿形に簡単に洗脳される。スキル的なものにばかり価値を見出す。

もちろんスキルは素晴らしいのだけれど、

優先度を間違うと、スキルばかりで何が根源なのかを見いだせないようになる。

 

客観的に自分を見てみることがとても重要なのだ。その上で獲得したいスキルを身に着けるとなおいい。

 

 

 

  • 責任転嫁したくなる理由
  • 人に認めてもらいたい理由
  • 注目を浴びたい理由
  • 数を集めたい理由
  • 他者を批判したくなる理由
  • 羨む理由
  • 形にこだわる理由 

 

誰にだってあることだけど、その潜在的な自分の本心をしっかり見つめることが大切。

 

わかっていて目をそらせることは、その人の瞳を曇らせる原因となる。

 

根源を追及した上で、基軸がしっかりし、選択する道がこれなのだと堂々と言える人は、ブレることがなくなる。

 

大切なのは何が根源なのかを見出だす思考回路。

 

良くないことも、やっかいなことも根源から絶てば消えていく。

 

また別の問題がわいてきたときも、根源から絶てばいい。 

 

 

だけど大きな矛盾がある。

問題を解決しないということも、問題解決の選択のひとつなのだということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も皆さんありがとう。

 

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