安いモノと高いモノ

安いモノと高いモノ、どちらを買う傾向にあるでしょうか?

安ければ何でも良いという感覚の人は多いと思います。

逆にとりあえず高いものだからという理由だけで価値があるかどうかもわからずに買う人もいます。

本来は、自分に必要かどうか、価格に見合った価値はあるか、同額のモノと比べて質は良いのかよくないのかなどを考慮して、自分の命の時間を使って得たお金を投じることが望ましいでしょう。

食べ物など10の栄養しかない100円のモノを7日間食べるなら、50の栄養がある300円のモノを買って10ずつ栄養を摂るか、3日おきに購入すれば同額で栄養価の高いモノを摂取できるということになります。目先の数だけで判断すると結果的にメリットがありません。

安物買いの銭失い

というあの言葉通りになります。

判断すべきは価格や見た目ではなく「質」や「本当の量」なのだと思います。

途上国の人がコットン栽培で農薬漬けになり手足の皮膚がむけた状態で生産された衣服を「おしゃれ」とは言いません。

食べ過ぎることなく自分の適量をきちんと判断し、サイズを変えずに質の良い衣服を長い間大切に着ることが「おしゃれ」であり、子どもに譲ったり、親子で共有しても良いでしょう。そういう場合の「高い買い物」は結果的に安く買うことになるのです。

食事もそうで、外食一食で1万円かかるなら質の良いモノを同額購入し何食も手作りすることで、結果的に家族全員の身体にプラスです。おまけに病気にならなければ医療費はゼロで、今後国民保険がなくなって自費診療になっても困りません。その方が保険料を払うよりずっと安いですから。

目先のことだけ考えてお金を使う人は、たいてい「安物買いの銭失い」になります。質を視る人の方が最終的に困らずに得をするようになっているのかもしれません。

化粧品もボトルや広告に惑わされ、質を考えず購入してしまうなどは本末転倒です。

質の良い食事をし、適度な運動をして、不服を感じて身体に毒を流したりせず、やるべき身の回りのことをきちんとやり続ければ美容などにお金はかからず、本当に必要なものにお金をかけられます。そして老化も急激に進んだりはしません。

 

人付き合いにも安い高いを定義している人がいます。ニンゲンをモノのように扱う人って案外多いように思います。

仕事や性交渉などではひんぱんに見受けられますよね。

自分を安く売るという言葉を聴いたことがあるでしょうか。恋愛でも営業でも友人関係でも、自分を安く売る人はぞんざいに扱われます。

またお高くとまっているという言葉も聞いたことがあると思います。今度は高慢すぎてぞんざいに扱われるでしょう。

自分を過小評価してもよくないし、過大評価しても不自然です。評価は自分でするものではなく、基本的に第三者がするものですから。組織の長や政治なども、ニーズに応えることが最善だという私の考えはそこからきています。自らしゃしゃり出てもお呼びじゃないかもしれないのです。ですから分相応が大切なのですね。

ニンゲンはそんなにバカではなく、相手を直感的に見抜きます。

強面で体格のよい全身に入れ墨を入れた人には責任転嫁をしないで、目の前の善人だと定義している人に故意に責任転嫁をする人は、瞬時に自分に危害を加えるか、報復しない優しい人かを見抜いているということですよね。実際は、自分が大人だと言うのなら、起こった事象を受容し他者に責任を転嫁しない、セルフコントロールのできるニンゲンであってしかるべきです。

人はこうして相手の質を瞬時に見抜いています。

ですから、わざわざ自分を安く売って人に媚びたり、逆に虚栄心で高く見せたりすると、そうでない人からは滑稽に見えるのです。

自分の立ち位置は集団のなかに居れば自動的に決まるものです。それは優劣ではなく持って生まれた役割だと思われます。祖先が選択してきた環境や生活スタイル、また交じり合った交尾相手、そこからの必然の結果が自分なので、安い高いではありません。

ニンゲンが買うモノは質の安い高いはあるかもしれませんが、人には安い高いの価値をつけるようなことはしたくないものです。

だから誰かに支配などされなくてよいのですよ。

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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