習慣

変化は進化だと考えている私には、都会から村への移住も進化の一つです。

もし、未来にまだ私が生きていたなら現在を、振り返って懐かしく思うほどに、まだまだ変化するでしょう。

もう一年前の自分には決して戻ることはできません。

 

これは数年前に読んだ本からの引用です。

覚醒したある男性が、偽ざる自分の気持ちについて語り始めると、実に不快なことが起こり始める。

それまでの彼の友情が日常生活の不平不満をぶつけ合うことで成り立っていた場合、その友情は被害者意識という感情エネルギーによって結びついている。

さて、彼が覚醒した結果、それまでの彼でいるという習慣を断つ事に決めると、周囲の人々もそれぞれに彼の存在を介して自分の感情的アイデンティティーを確認しているため、友達や家族はこんな反応を示す。

「今日のあなたはいったいどうしちゃったの?ひどいことするじゃないの!」

これはつまりこう言っているのだ。

「私たちはこれまでとてもうまくやってきたと思っていたわ。自分がここに存在していると思っていることを覚えていたいから、私は自分の感情を示す化学物質の依存症を再確認するのにあなたを利用してきたのよ。前のあなたのほうがずっといいわ。」

変化するにあたり考慮すべきは、私たちのエネルギーは外界で得たすべての経験とつながっているということ。
これまで記憶されてきた感情の中毒症状を断つ時、あるいは本当の自分と向き合おうとするとき、そこには大きなエネルギーを要する。

酸素を形成する二つの原子を引き離そうとするとき、エネルギーがいるように、周囲の人々との間に、結ばれた感情のつながりを断つためのエネルギーが必要になる。

かくして覚醒した人の周囲で、それまで彼と同じ感情で結ばれていた人々は、集まってこんなことを言う。

「この頃彼の様子がおかしいよ。気でも違ったんじゃない?精神科に連れていこう!」
彼はそれまでこれらの人々と同じ経験を共有してきた。

しかし、今覚醒した彼は、それまで慣れ親しんだ人々、物、場所とのエネルギー的つながりのすべてを断とうとしている。

これは何年もの間、彼と共に同じゲームを続けてきた人々にとって、脅威となる。彼がゲームから降りようとしている。

この時彼は、「本音」の彼だった。
周囲の人々と調和し、これからもうまくやっていくために、以前の麻痺状態の彼に戻ってほしいと主張するこれらの人々を、誰が非難できようか。
彼が見せた新しい人格は、まったく予想不能で過激ですらある。
そんな人と誰が付き合いたいであろうか?
真実なんて一体誰が求めているというんだ?

 

つまり、思考というもので自分の脳はいつも同じような化学物質が放出されていて、大麻依存さながら、その物質の依存症だというのです。

ですから、いつも放出するその物質を阻害するこの「彼」のような予測不可能な行為に関して「抵抗」が起き、それを処理しきれない脳が自己正当化のために、相手を批判するという構図ができあがるという説明です。大まかに言うと。

面白くないですか?

ニンゲンは常に自分を正しいと思いたいのは皆さんご存知でしょう。

でもこういう主張をする人は、大麻で逮捕される人を批難することはできないかもしれませんね。

〜あなたという習慣を断つより引用〜

 

今日も皆さんありがとう。

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