幸福の基準

今年も国連による、世界幸福度ランキングってものが発表されましたね。

世界幸福度ランキング2019

1位はフィンランド

日本は58位だそうですが……

他人に対する寛容度が低いのは民族性でしょうし、それでも綺麗事世間体などという言葉が横行しているので、その方が心地よい人も多いのでしょう。

日本を平和だと言う人もいますが、裏世界を知っている人は決してそうは思えないでしょう(笑)

いつも言うように、世界観はその個人の主観的な物なのでどうでも良いのではないかというのが個人的な意見です(笑)

しかしながら、確かに日本ではキラキラした瞳の人とは滅多に出逢いません。

私が渡航した国々ではたくさん出逢いました。

そこには、その人の持つ通帳の印字の桁はあまり関係ありませんでした。

もちろん、平均寿命も関係ありませんでした。

長く生きても不幸な人は不幸ですから。

逆に30で死んでも幸福な人は幸福です。

私は子供の頃からお金をたくさん持つ大人を見ていて、それを失わないよう必死になっている様が全く幸福そうに見えなかったので

富とは裸になっても持てるもの

だと気づくことができました。

現に産まれたばかりの子どもたちは皆、それを知っていたと思います。

いったい、いつ記憶を失ってしまうのでしょうか。

もちろん何億持っていても良いし、世界のお金を一手に集めても構わないと思いますが、それを所有しないと幸福になれないと思っている人々は、多分所有しても幸福にはなれないでしょう。

本質に気づかずに、本来は地球のものである資源を個人が所有できていると思い込むことは、ある意味ポジティブな思考ではありますが、流石に勉強とやらに少しでも関与し知識を得た人なら、潜在的にそれを知っているはずです。

何も支配などできないし、何も自分のものにはならないという事を潜在的に理解しながら孤独の穴埋めをしたところで、心からの至福感を持てることはないのでしょう。

何処にいても、誰といても、幸福は自分一人で創られるものですが、さらに幸福を享受し合うためには、美しい大地や、自然の水や、植物や動物との共生も欠かせません。

前述したような、地球のリアルに抵抗しない感覚を兼ね備えているホモ・サピエンス達ならば、きっと天国を創造することが出来るのではないかと思います。

死は必然であり、抵抗できません。

孤独も地球にいる以上、なりようがありません。

そして、私達は単なる循環の中の一生物でしかなく、生まれては消え、消えては生まれていくのでしょう。

流れに乗る、という言葉の本当の意味は、来るものを拒まず去るものを追わないことなのかもしれません。人だけではなく、何もかもに対してです。

日本人の大好きな、頑張るということ自体が陳腐なのかもしれません。

やりたいことを淡々とやっている、これは決して本人にとっては頑張る感覚ではなく、ただのルーティンワークです。

また、他者を羨んだり妬んだりするのは、命を無駄にする行為に他ならないと思います。

自分の持てるもので満足し、他者と闘うことより共生することを選択できる知的な生物が「進化」したホモ属であると信じたいですね。

家畜を傷めつけ血肉とし、富を分け与えずに搾取しているこの国に生きていることを自覚し、これ以上欲を出さないように感謝して、今日を生きることが出来るならば、日本人はとても幸福なのではないかと思います。

 

今日も万物にありがとうを伝えます。

 

 

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