逆境をどう乗り越えたのか

若いころから「波乱万丈」と大人に言われました。逆境に強いともいわれます。

もしこれくらいのことを逆境というのなら、誰にでも乗り越えられると思うのです。

皆さんの今日の哀しみが笑顔にかわるなら幸いです。

10代で死ぬかもしれないと小6の時に宣告されました。

同居していたのは実の祖母ではなく亡くなった祖父の愛人で、私たちはその人を「おばあちゃん」と呼ばなくてはなりませんでした。

病弱だった私は幼稚園から小学校の三年生くらいまでは休みがちで、体育も禁止されていました。

父母の生い立ちはどちらも一般的ではなく、私自身も実は少々複雑です。

小学生の時、大人に身体を触られたりして、性欲を満たすために知りあいの子どもまで触りたくなる低俗な生き物が男なのかと思いました。

自分一人でなんとか解決しましたが、結婚するまでつきまとわれました。ストーカーという言葉すらなかった時代です。。

友人の母親たちが「あの子と遊んではいけません」と子どもに指示している姿をみて、こうやって世の母親は「勉強の出来不出来」や「金のあるなし」で人間の優劣を子供に刷り込んでいくのだなと感じました。

病弱でおとなしかった私はあまり外では遊べず、低学年の頃はよくいじめられました。

社会に出てからも、人とは違った考えを持つので、敬遠されることは多かったと思います。

子どもの頃から平凡な生活ではなかったと思います。

様々なものが価値観の基盤となっていきました。

「ルーツ」というドラマを観ていたのは小学生の頃。強い嫌悪感をおぼえました。ニンゲンがニンゲンを奴隷にするという構図、いきなりアフリカから狩りをするように連れてきて、目的は「金」でした。白人は頭が悪いのかと疑問に思いました。

 

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都会に生まれ都会に暮らしながらも、自然との暮らしの方がずっといいように感じ、土が見えないアスファルトの道をながめ、このままで地球は大丈夫なのだろうかと考えました。けれども田舎暮らしは望みませんでした。鬱屈とした気分を晴らすには、若いころは都会の方が便利だったのです。

就職した企業は女性は結婚したら退職してほしいと入社時に伝える古典的な上場企業で、それに呆れて結婚退職しました。出産もし、死の宣告は過去のものとなっていく中で、25歳で耳がよく聞こえなくなりました。ストレスがなくならない限り治らないと医師にいわれ、数年後に離婚したのです。

10代の頃半年間アルバイトをしただけの会社の社長が、私のことを「伝説の人」だと言い、離婚するまで10年間待ってくれていました。離婚してすぐにその会社に就職し、生活は困りませんでした。

再婚相手はすぐに現れましたが、9歳年下の資産家の長男。夫は財産放棄させられ勘当されて入籍しました。が、のちに私から縁を繋ぎ、現在も関係は良好です。長男と次男ともうまくやってくれていましたが、男女としては価値観がかけ離れすぎていて、長男の事故をきっかけに離婚をきめました。円満離婚したので、現在でも家族みんなで食事をしたりする関係です。

私にとってこれらは、祖先から続く負の遺産や、自分の運命、または思い込みによる自分の対処法のマズさからくるもので、離婚においても相手のせいだとは考えず、責任は同等だと捉え裁判などは一度もおこしていません。

もう病院通いはしたくないので、病気などはできる限り自然治癒させる方向にシフトし、不自然な治療や延命はこの先も望まないつもりです。

中学生の頃だったと思います。嫌なことが多すぎてどうやってそれを消し去るか考えました。

簡単でした。

自分自身が自分の肉体から離脱して宇宙に行くのです。宇宙から客観的に自分の存在を見るのです。

そうすると、今すぐに自分が消えても何の問題もおこらないくらいちっぽけなものだと気づいたのです。

そのちっぽけな存在が悩むことなんて、とるに足らないようなもの。そう思った時、すべてが綺麗に消えました。

ジタバタすることさえ無意味に思えて、過去はさっさと棄てて、前に進むほうにエネルギーを注ごうと思えたのです。

大きな壁が立ちはだかったとき、大抵の人が壁の向こうを見ずに振り返って過去に戻ろうとします。

だけど、時間は前にしか進みません。その人々はきっとこの壁の向こうを見ることがなく、生涯停滞したままなのでしょう。

私はただ、どうしても壁の向こうを見てみたかっただけなのです。

越えられないならよじのぼり、よじのぼれないなら、何年かかってもコツコツとたたいて穴をあけて通ればいい。そんなイメージでした。

起こることは必然。受けとめて、逃げずに進みたいのです。

そうして気づけばこんな歳になっていました。

大したことは何もしていません。自分に起こったことを淡々とこなしてきただけです。

世の中には私などとは比べ物にもならないくらい、社会のために大きな壁を乗り越えている人々がいます。

地球のために尽力している人々もいます。

私などの経験は「逆境」なんて呼べないでしょう。

人は小さなことでも、とてもつらく感じる生物なのだと思います。動物の潔さと比べ物にならないほど人間は弱いのかもしれません。

目の前のことから逃げたり、誤魔化したりする人もいるけれど、目を閉じても耳を塞いでも本人の心の中にはきちんとそれは遺っていて、だから人々はいつもあんなに悲しい瞳をしているのかもしれないと思うときがあります。

悲しい瞳はきっと 諦めた瞳なのだと思います。

できれば私はキラキラした瞳で最期まで生きていたいのです。

悲しみはつきものですが、それを納得のいく人生の糧にしていければいいですね。

 

今日も皆さんありがとう。

 

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