愛されている

やっぱり、自分がこの人好きだなって思ったら、相手も私を好きであると思う。

愛は伝わる。

各々の違いは、なるたけ学びと受けとめて、肌の色に拘らず、職業に拘らず、年齢に拘らず、男女にも拘らず、出逢う人は愛していきたい。

他人の噂よりも、その人と対峙して自分がどう感じるか、しか興味ない。

相手が私を嫌いというのも、気になっている証拠として、ありがたく気持ちをいただく。

愛と憎しみを感じる部分は、脳で言えばとても近いところにあるらしいので·····

 

だから「嫌い嫌いも好きのうち」って本当なのだと思う。

私は本当に嫌いな人には、エネルギーはかけたくないので、まったくもって興味すら持たない。

同じ世界に住むこともない。そのくらい自分の世界から排除するけど、そういう存在は数えるほどしかいないな(笑)

人は傷つけられたことや、許せないことばかりしっかり記憶しているけど、何十年も生きていて、自分が誰も傷つけていないわけないし、許されてばかりのわけもない。どこかで私を恨んでる人は山のようにいるかもしれない。

と考えるとき「誰かを許せない」などという想いはあまり建設的じゃない。

無駄なエネルギーを使って自分が幸福になるならそれでいいけど、妬み嫉み、恨みほど自分の幸福に繋がらないものはないので、そういう過去は学びとしていただいて、感情は棄てるに限る。

そんなこんなの積み重ねで生きてるのに、愛されている私は今日も幸せです。

今日も皆さんありがとう。

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