闇を葬る

とても身近に、ダイヤモンドの原石または、ダイヤモンドが転がっていることに、殆どの人は気づきません。

それは、あまりに自己を過大評価しているからです。

自己を素晴らしいと思いすぎて、己しか見ていない人は、目の前にいる人の努力が視えないし、継続力も忍耐も知らないし、才能も想像すら出来ません。

そして、簡単に他者をバカにしていまいます。

それは、勉強が得意とか得意でないとかでもなく、スポーツするとかしないとかでもなく、友人の数などでもなく、感覚の弱さからくる判断力の甘さだと私は思います。

想像力がない人は、他者の才能を見抜くことは出来ません。自己の功績ばかりにフォーカスし、自分が支配できる類の依存者を引き連れたり、誰かの肩書だけ利用したりします。

すべての人に才能はあり、自分には出来ないことをやってのけてしまう素晴らしい人は必ず存在します。

それを素直に認められない人が、自ら表に立っても賢明な人は支持しません。

生物の中でニンゲンが一番下等だと思って私は生きてきましたが、案外本能的な感覚で誰もが判断していて、視点を変えると、嘘をついているようで虚構は透けて見えているし、頭で整理できなくても、言葉で説明できなくても、その人から放つオーラのようなものを感じて、好きになったり、避けたりしています。

個々が自分の潜在的な感覚を信じて、関わる人を選択すれば、利己的で子孫に決してプラスにならないような人は、この世から消えてなくなります。

これは対象が企業や商店でも同様です。表面的な事に惑わされず、自分のその行いが果たして子孫のためになるのか、よくよく考えて選択していくことは、愛でもあります。

私達は荷担者になってはいけないと思うのです。

必要な闇は夜だけでいいのです。

動物たちの為にも海洋生物たちにおいても、海の中でおかしな実験をしたり、夜に轟々と光を放ったりして、彼らの生命活動を脅かすことは、今すぐにでもやめてほしいと願います。

過ぎた欲は、できる限り捨てて生きたいものです。

ニンゲンのことだけ考えていても子孫は絶滅に向かうでしょう。考えるならば地球全体のことを。

全体で一つなのですから。

そして、もし自分が地球に迷惑な存在で、淘汰されるならば、そのときは潔く死んで逝けばいいと思っています。

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

※写真https://images.nasa.gov

 

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