MAHIRO思考 46

善人に見られたいと多くの人は無理をしてしまいます。

同時に、人に好かれたいとか、信頼されたいとか、成功欲などの他の感情も併せ持っていることが多いと思います。

 

善人仮面は透けている

 

無理をして他者に綺麗事を話してしまえば「私は綺麗でないことを腹に抱えてます」

とか

「善人のふりをしないといけないくらい悪意を持っています」

などをアピールしているようなものになり、潜在的に相手に不信感を与えてしまいます。

もちろん知恵を働かせて生きるという点では理解できます。

ただ、往々にしてそういう人は同時に「他者に好かれたい」とか「よく思われたい」などという感情も持ち合わせていて、不信感を与えてしまってる以上、望む結果が得られないことが多くなってしまいます。

それらは、誰よりも人に優劣を決めてしまうからこそ、自分なりの善人を創り上げて仮面を被りたいのです。

その時点で善とは程遠くなっています。嘘をつく人を信頼する人はいないからです。

正直に生きることは、動物として当たり前のことで、うちのハムスターたちでも皆生まれつき善悪を決めたりはしません。

嫌いなものは嫌い。

それは誰もが持っていて当たり前の感情なので、否定する必要はないと思うのです。

私は好き嫌いが明確です。

誰かにそれを強制されるいわれはないと思っています。

ただし、好き嫌いはあっても私ごとき一生物の個体が、優劣を決めることはできません。

地球が遺すものが優だと思っているので、現時点では生きているもの全てに価値があり、必要だと判断されているのでしょう。明日にはどうなるかわかりませんが。

命を与えたれたのだから、自然に素直に生きて死ねばいいと思っています。

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

 

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