MAHIRO思考 66

記憶に遺るのは、多分ずっと小さな頃。

その頃からそうなのですが、自分の目の前に大きな壁が立ちはだかったとき、こういう願望がいつも湧き上がってきました。

 

壁の向こうを見る

 

同じことを何度も繰り返してしまう人がいます。進まないというか、何年生きても同じところをぐるぐる回っているように見えるのです。そういう人はもしかしたら、壁の向こうを見ていないのかもしれません。

他者から降ってきた問題や、家族が起こした問題、また自分に発生する問題など、いわゆる厄介な出来事や、誰もやっていないことに対する挑戦などが自分にとっての壁でしたが、子供の頃は低かったその壁も、世界が広がると比例してどんどん高くなるものなのです。

息子が腰椎をなくして瞬時に下半身不随になったときも、もちろん医師も病院スタッフも、医学的に無理なのだから、社会復帰なんてあり得ないというわけなのですが、心の中でこう呟いていた自分がいました。

「今度の壁は上が見えないくらい高いけれど、どうやって壁の向こうを見ようか……。それに、この壁を乗り越えないと、無人島で独り生き抜けるような強さなんて持てないだろう」

壁が立ちはだかると、どうしても向こうを見てみたくなるのです。

乗り越えられないなら、毎日少しずつカツカツと崩して孔をあけて通ればいいというイメージです。

そうして数々の壁を乗り越えて生きていたら、いつの間にか壁が怖くなくなりました。

中には数十年かかるものもありますが、死ぬまでかかるものは、死ぬまでやり続けるしかありませんしね。

壁の向こうの景色はいつもとても美しいのですよ。

 

今日も皆さんありがとう。

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