MAHIRO思考 88

言葉というものを使う人間たちは、自分の想いを言葉で表現して、相手に伝えることができます。

それらはすべて主観的な意見であり、客観的に述べたところでやはり主観的な意見なのです。

だから、書物や論文や、もちろん私が書いているような雑多なブログなどであったとしても、その人の思考をこえたものを言葉にすることはできません。つまりはその個人の限界が言葉には表れることを示唆することができます。

 

人間を信じない

 

これは個の可能性を信じないとか、覚悟を信じないとか、愛を信じないということではなく、個人が言葉にして説明しているそのものを「正しい」とは信用できないということを指しています。

〇〇先生が仰ったから……とか、論文で発表されたから…とか、アメリカではヨーロッパではこうだからとか……などですね。

自分と似たような思考を持つ人が書いた本やネット記事などを読むと、自分が思いつくことは世界の何処かでやはり誰か他の人も考えていて、おおよそはその方向に人間たちは進んでいるのだなと考えることはできますが、確信にはなり得ません。

結局は、自分で確かめたことしか信用できないのですよね。

専門家であろうと研究者であろうと、その人の創るお話には、真摯に耳を傾け、興味ももちますが信用はしません。

わからないことはわからなくても良いと私は思うので、迷ったり不安に思うくらいなら、要らぬ情報はシャットアウトすることも一つの幸福の道なのではないでしょうか。

長生き=幸福とは限りませんから…

 

今日も皆さんありがとう。

 

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