シリーズ 愛⑧ 恋愛

相手に愛されているか不安で不安で、高じると、過干渉であるとか、DVとか、探偵つけたりとか……

恋愛といえば他人と他人が自分の意思で、相手を良いと思い、偶然それが一致すれば成就となるわけなのですが。

今日は、セックス目的の快楽ホルモン依存や、お金やスペック目的の、恋愛とは初めから異なるとわかっているジャンルの話ではなく、相手を愛しているとは…ということについて持論を述べてみたいと思います。

まずわかりやすいのはこれです。

信じることは愛することです。

常に疑っている人は相手を愛しているのではなく、孤独が怖いだけだったり、何か他の目的があって一緒にいるのかもしれません。

相手を支配したがる人も同様です。逆に、支配されることを愛だと勘違いしてしまう人も多いですね。でもそれらが、孤独が怖い人同士の共依存だとするなら、愛でなくてもバランスはとれてうまくいくかもしれません。

当たり前のことですが、愛しているとは、相手の幸せを願うことであり、自分の想いを推しつけることではありません。

相手の命は相手のもので、他の異性と交際したりすれば、単純にその人といる方が幸せだということなので、追う必要がありません。

誰も誰かに人生を強制されるいわれはなく、すべての人が何を選択するのも自由です。

ですから、相手が浮気をしても当然、浮気相手の女性には何も感じません。

もう一ヶ月前の皮膚細胞さえないんですよ。

いつまでも変わらないなんて幻想は持てませんし、持ちません。

それなのに、自分の意思で私の傍にいてくれる現夫には、今は愛されてるのだなとわかるし、彼のもとから去らない自分は、やはり今は彼を愛しているのだなと俯瞰的に判断できます。

私達は戸籍すらわざわざ他人に戻していますしね(笑)

事実婚にすることで、愛し合っているかどうか判断しやすくて、そして何かあればサヨナラしやすくてお勧めです。

相手が、自分といて不幸なら迷わず別れます。無理につなぎとめることは決して愛ではなく、単なる執着ですから……

難しいのは、恋愛は目には見えないので、ずっと一緒にいるから愛だとも限らないし、別れたから愛してないとも言えないことです。

今日も皆さんありがとう。

 

 

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