シリーズ 愛⑨ 生物

私達は単にNやOやHやPの化合物で、そのくっつき方が違えば、少し形態が変わるだけなのにまるで、ニンゲンが素晴らしいとか特別だとか、人間優位論を唱えることは、都合のよい、後付けの、脳の処理に他ならないような気がします。

ゴキブリも、蚊も、シロアリも、中国でカテーテルをいれられて胆汁をとられながら檻の中で死ぬまで生きる熊たちも、印鑑のために殺される象も、頭をむかれるチンパンジーも、毎日のように切り刻まれるラットも、フォアグラとかいうもののために、口から栄養を流し込まれるあの鳥たちも……

みんな、私達と同時に地球に湧いて出てきた生物の一種です。

だから私は幼少の頃に、人間優位論を唱えるこの人間たちは、生物の中で一番馬鹿なんじゃないかと思っていたわけです。

人間以外の動物たちは、学校に行かなくても生きる術を知っていますし、お金がなくても食べるものが地球にあることを知っています。

ある日突然、肉食動物に食われてしまったとしても、自分も食物連鎖の循環の中の一点ならば、人間の作った車にはねられて、葬儀をして火葬して、骨壷に容れられるよりは余程幸せだと、大人に話していました。

ペットは玩具でもなく、観賞用でもなく、支配する対象でもありません。対等な地球の仲間です。どこから連れられてきたのでしょうか。そして売れ残った彼らは人間にゴミのように殺されるのでしょうか。

植物も本来は世話をすべきものではなく、その土地に生きているそのままの姿を愛すべきで、薔薇に薬をまいて、おかしな病にさせ、葉に虫食いひとつなく咲かせることを美しいと呼ぶべきではないのでしょう。

たくさんの花や実がなる中で、いくつか綺麗な状態で残ったその姿に感動することがいいのかもしれません。

私達の欲の深さは、多くの他生物を苦しめました。私も必ずそこに荷担してしまっています。

単なる原子の融合が生き物を生んでいたとしても、生きている間のそれぞれの喜びは、なるべく邪魔しないようにしたいものだと思います。

食べるために殺すのは循環で、肉がだめとも思わないし、お国柄で何を食糧にしても仕方ないとは思いますが、思考回路がおかしくなってしまった不自然な殺戮には、なるたけ関与しないよう努力し続けたいと思います。

そのために、知を授けてくれる万物に心から感謝し、愛をおくります。

 

今日も皆さんありがとう。

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