継続すること

私はこんなことを継続しています。

継続することが結果を生む。

などなど。巷では安易に「継続」という言葉を使いますが、かつて私はそう簡単に継続という言葉は使えませんでした。

概念の違い

お弁当は冷凍食品などを使わずに30年家族に作ってきました。私の基準では、これは継続だと言えると思うのですが・・・・。

自己流でオーガニックで植物を育てて30年。家計簿をつけるのも30年、食べ過ぎないことは30年以上、日記を書くのも40年くらい(2011年からはSNSに書き込むようになりましたが)親となって28年、運動も自己流ですが25年くらい、合成洗剤をやめて30年。

これらは一応、継続していると言えるのではないかと思っています。アロマとハーブの自然療法は、15.6年で、これは自分だけでは非常に弱いので、夫や子ども友人などで試し続けた結果、やっと「こういう時にこれがいいと思うよ」と言えるくらいにはなっています。資格は取得しましたが、あってもなくても実践したかどうかが大切だと思っています。

パッチワークは20年弱続けました。仕事としては15年、全国誌にも作品が掲載され大手手芸店で販売もされていたので、これも人に継続したと言えるレベルなのかなと、現在は一旦休止状態でいずれまたやりたいと思っています。これも独学です。

だから「〇〇式」などと聞きかじった、もしくは少しやってみたくらいで、他人に勧めることが無責任に思えてならず、絶対的に「生きた年数・時間」が必要なことってあると思うのです。

ただ、自分よりある道において経験を積んでいる人の話には耳を傾けます。たとえば結婚生活は、一度目は10年で離婚、二度目は17年弱で離婚(同棲込)現在の夫とは2年あまりなので、50年連れ添ったご夫婦の絆など、私には想像も出来ません。

一つの会社で同じ仕事を何十年と続けてらっしゃるような方の意見も、経験を重んじ真摯に受け止めます。

一般的に皆さんはどのくらいの期間続けたことを継続とよんでらっしゃるのでしょう。最低でも10年くらいでしょうか・・・・。

 

師の言葉は師のものである  MAHIRO思考

いまは情報が安易に飛び交うし、誰もがSNSで自己優位性を誇示したがる傾向にありますが、基準はその人が継続して体得したものなのかどうかということです。

自分が正しいと思ったことに人はエネルギーを注いでいきますが、それを確認するにはそう簡単にはいかない場合もあります。じっくりと時間をかけて、継続してやっている中で見えてくるものが原理原則

それがまだ途上であったり、一度くらいの確認では、他人にSTART地点からGOALまでの道筋を説明できることはないと思うのです。

そういう観点からみると、若者の人生に対する意見は大抵は「青い」ものになりますが、これは世の常、人の常なので、誰しもとおる道だと思います。若者のなかでもそれを自覚している方は聡明な方だと思っているので、たとえ年齢が下でも信頼できる人だと感じています。また年長者は、彼らの学びを奪わないで、見守ることも愛だと思います。

情報をとる側の姿勢も顧みなくては、生まれてくるのは自己正当化や責任転嫁ですから。安易に何かを信用する方にも問題はあると思います。一歩退いて、過去から先まで見据えた時に、その意見の真意がどこからきているのかの、源流が見えてくると思うのです。

 

継続は力なり

と言いますが、私もまだまだ地球から見れば刹那を継続などと呼んでおこがましい限りです。

皆さんも、人生をとおして継続することを見つけて、ぜひとも子孫に伝承してください。

きっとそれを本当の知恵と呼ぶのでしょうね。

自分なりの知恵を蓄えていきたいものです。

 

 

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