Fijiで生活してみた、Part 5 庭師とココナツ

家を借りていたと言っても、敷地内に何棟もあるような所で、庭は共用、隣の壁の向こうの声は、咳払いでも聞こえるほどだ。

四つベッドかあった場所から二人用の部屋に移動したあと、左隣の家の家族はスウェーデン人とブラジル人の夫婦、その子どもの男の子で、長期で住んでいる人だった。

右隣は中国人でフィジーとニュージーランドに店を持っていて、半年ごとに両国に住んでいるのだとか。

この近くの小学校は多国籍だ。フィジー人だけでなく仕事でこちらに住む家族の都合で色んな子がいた。

お互いに仲良くやっていこうというような雰囲気が強い。だから、とてもやりやすかった。

この敷地内の家にはフィジー人もいたり、こうして外国人も住んでいるが、庭師や掃除のためのメイドはオーナーが雇用していた。

テラスで私たちが話していると庭師がココナツジュースを飲まないかと言ってくれた。

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いままでも飲んだことは何度もあるけど、ここのココナツジュースはとても美味しかった。

ココナツミルクはこの白い部分からとれる。ココンダという料理はココナツミルクを使ったフィジー料理だ。

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ココナツミルクだけでなく、チリや、ライムで味付けしてあって、日本で言えば、野菜や魚の入った酢の物みたいな感じ。とても美味しい。

この料理、日本で作ったことがないので一度チャレンジしてみたい。

そして、もう一人の庭師に、村のchurchに連れていってもらえないか?とお願いしてみた。すると、日曜日にミサに参加できるよう手配してくれることになった。

フィジーの部落はその部落の者でないとそこに住めないと聞く。その部落の誰かが困ったら全員で助けるらしい。

外国人がフィジアンと結婚したりしない限り、各部落に住んだりすることはできない。

日曜日、庭師が村に私たちを案内するために、仕事が休みなのに近くのPolice post まで迎えにきてくれた。しかし、村までは距離がある。早朝だったので車がない。逆ヒッチハイクのクルマも通らない。

警察官の一人が自分の車で送っていってくれた。

でも、きちんとお金は払わなければならない。警察官にでも、仕事以外のこういう行為には支払うのが当たり前のようだ。私は三人分払ったつもりだったが、庭師の彼も請求された。それは私たちの依頼で来てもらっているのでこちらがもつことにした。

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これが村の入り口。

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これが教会の外観と中の様子。着いたときはまだミサの開始前で、神父さんたちに、庭師の彼が私たちを紹介してくれて、歓迎してもらった。

靴を脱いで椅子に座った。記帳して国籍や日にちも書いた。一時間以上を要したと思うが、言語はフィジー語と英語と両方だったから、読み上げるのは大変だろうと思った。

ゴスペルは噂どおりとても良かった。讃美歌を歌うフィジアンは、民族的な遺伝なのか歌がうますぎる。フィジアンの友人が日本に来て「どうして日本の歌手は歌が下手なの?」という疑問を持つのだが、それはもっともだと思う。笑

最後には寄付金を集める。村人たちも少しずつでも、必ず寄付をするものである。私たちも寄付をしてきた。

前に順に並んで、よくわからない、きついアルコールみたいなものを一口と、お菓子のようなものを口にいれられたが、これがけっこう美味しかった。

教会を出て庭師の彼に御礼をいうと、なんだか言いたそうだ。

庭師は奥さんと二人暮らしの60代、オーナーのところでもう30年働いているらしい。月給は30000円ほどと聞いている。

彼は私に謝った。

「本来なら家に寄ってもらって、teaやcakeを食べていってもらいたいのだけど、余裕がなくて今日は寄ってもらえないんだ。」

と申し訳なさそうに言う。私は

「そんなことは期待していない。気にしないで。連れてきてくれてありがとう。」

と言って村を出た。それでもまだ、彼は送っていけなくてごめんと何度も私にあやまってくれた。

正直にお互いに話をすれば、言語が完璧でなくても何となく人となりはわかる。このわかり合える感覚がとてもうれしい。

何処にいっても人はそんなに変わらない。良くも悪くもかわらないと思うのだ。

ほんとにありがとう。

続きはpart 6

庭の花とFijian boyについて

 

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