Mahiro Shu

The core is love

原点回帰と直感

何かをしようとか、何かを決めなければならないとき、考えすぎると大抵の人間はネガティブになります。

即行動する直感人間に成功者が多いといわれたりもします。

ものごとが原点回帰することを知っていれば、ブレることがなくなります。

 

ネガティブな想いがわいてきたりもするのですが、それらを自ら叩き潰していくのです。

 

さて、原点回帰と直感とは?

原点回帰

皆さんも経験があると思います。

1、まず、始めに何かを思いつく。あるいはこうしようと決める。

2、暫く考えると不安要素が出てくる。

人に、相談したり話したりして、ネガティブな意見を言われる。たとえば、「そんなの無理だよ」など。

3、だんだん自信がなくなってくる。迷う。

ここで諦めてしまう人が大半。

4、時間の経過とともに、やらなかった後悔の念がわいてくる。

「やっぱりあのときこうしとけばよかった。」

 

 

どうでしょう?

原点に戻っていることに気づきましたか?

 

  1. 原点
  2. 他者もしくは、自己からの否定
  3. 疑念、不安
  4. 原点

 

こんな失敗を何度も繰返した結果、実際に行動に移してみたら形になったという経験のある人は、迷ったところで結局自分の直感に戻ることを知っています。

 

だから迷わずに即行動に移すのです。

それだけ無駄な時間をすごしてきたという思いがあったり、後悔しないためということもあるかもしれません。

 

たくさん失敗した、もしくは、運よくやってみたら成功することを知った、ということから、行動に移す大切さを知るのではないかと思います。

 

では次に、なにが「直感」なのでしょうか。

 

直感とは

人工のコンピュータの方が優れているなんて、私は考えない方です。

 

ただ、現代の日本人の脳は、もしかしたら不自然なものをとりすぎて、本来の人間としての力を発揮できていないかもしれません。

 

ネズミが火事のときに逃げ出すように、地震で鳥が飛び立つように、わたしたち人間にも素晴らしい機能は備わっているはず。

 

なので、私はこう考えています。

直感とは脳が瞬時にたたきだすその人の正解

だから、私は直感を信じています。

 

もちろん、過去に他人の意見をきいて何かをやめたこともあります。

 

でも自分のことですから、他人に自分の人生をあけわたしてはいけません。

 

後悔します。

 

 

想定の範囲内で動くことは誰にでもできます。

 

たいていの人は未知の世界に踏み込んでいくことを怖がります。

 

また、経験が少ないことを言い訳する人がいますが、たとえ10年しか生きていなくても、経験とはその10歳の子の経験だけを言うのでは無くて、彼らから見た周りの人間の経験、友人の経験、大人たちの過去の話、情報として入ってくる相当量のものも含むのです。ですから実際はその人がきちんと周囲を見て聴いていたかが経験値に加算されますから、年齢で経験値は決められません。

 

いま、何かに迷っているとして、自信を失いそうになっているとします。

 

本当に自分がやりたいことなら、私なら諦めません。

 

目の前の現実が、時間の経過とともに直感と大きくかけ離れていくこともあります。

 

心は折れそうになります。

 

でも、確かめてみたくないですか?

自分の直感が正しかったのかどうかを。

本当に不可能なのかどうかを。

 

 

また、願望と直感を同じように考える人がいますが、少しちがいます。

 

願望は確実にメリットがあります。過程を説明できます。

 

でも直感は

なぜそうなるのかわからないけど、そうなるとしか思えないこと。

それがよかろうと悪かろうと。

 

 

願望どおりにならないかもしれませんが、直感はとても不思議なパワーを持ちます。

 

五感を研ぎ澄ませてみてください。

そのために、正しいもので身体を作ってください。それも大切です。

 

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

Sponsored Link

Read More ...

自分を生きてみる

思い返してみると、幼少期からあまり変わっていないかもしれません。

空を見るのが好きでした。

都会の下町に育ったので毎日銭湯に通いました。

その道すがら、星をよく眺めていました。

大阪の空でも、今よりはずっと星は見えていました。

いつも星座を探していました。

 

夏の暑さが好きでした。

扇風機しかない家の中で、じっとりとした汗をかきながら、ぬるい風に当たるのも好きでした。

現代の日本の猛暑はおかしいけれど、途上国の夏は大好きです。

 

休日の昼下がり、近所の「音」を聴いていました。

平和な生活音が好きでした。

子どもの声は好きだったけれど

群れることは好きではありませんでした。

友達と遊ぶことよりも、一人でいる方が楽でした。

 

記憶に残る幼稚園の教室は緊張の箱・・・・

私の髪をひっぱって笑っている男の子。

笑顔を見せる余裕もない担任の先生。

ブランコの後ろから突き飛ばしてくるこども。

「どうしてわからないんだろう?そんなことして何が楽しいのだろう?」

どうして人の嫌がることをして喜ぶのか。子どもの感覚がよく分かりませんでした。

 

親は独りのニンゲンとして捉えていて

「甘えたい」とか「見てもらいたい」という感情の記憶は全くありません。

参観日は親が観たいから来るものであって、自分はいつもと何も変わりませんでした。

褒めてもらうために何かをした記憶もありません。

 

自分で考えて自分で決めているという感覚は小さい頃からあります。

6歳の頃、母に無理矢理通わされた習字の塾は一か月でやめました。

我慢しすぎて不眠になり、母は二度と私に何かを無理強いしたりすることはなくなりました。

病弱で死ぬかもしれないと、小学生の頃宣告されたことも、淡々と聞き流しました。

死ぬかもしれないなら「どう生きるか?」ということを考えました。

泣いたりわめいたりしたことはありませんでした。

 

「無人島で一人生き抜けるような強さ」

という目標は小学生の頃にきめたものです。

「今日死んでもいいように」

というのもその頃考えたことです。

「ニンゲンごときに人間のことなんてわかるはずがない」

と考えたのもその頃。

だから人生のテーマが真実の追求になりました。

 

私も含めて単なる生物の一種のニンゲンが真実なんて大それたこと、死んでみたってわからないかもしれないと今も思っています。

生涯かけても時間がたりないかもしれない。

きっと永遠にわからないかもしれない。

だから「真実の追求」ということをテーマにしたんですね。

 

これらは、いまも変わらない私の価値観です。

気分が決していいとは言えない出来事がおきたときも、相手を責めるのではなく、どういう思考回路なのか?

なぜそのような事象が目の前に現れるのか?

必然ならばどこに根源はあるのか?

そちらにフォーカスしています。

ですから、大抵のことは俯瞰的に考えられます。

 

私は幼少期に持っていた疑問や、美しさに対する軸みたいなものを忘れませんでした。

 

 

バブル期は友人たちは派手にしていましたが、流行のテレビも、食べ放題も、合コンも、ブランド物のBAGも、さほど価値を感じたことはありません。

加えて学歴や、肩書や、誰か個人の生き方にも昔からあまり興味がありません。

他人のスキャンダルにおいても興味がありません。

 

私は淡々と生きることが子どものころから得意です。(得意という表現はちがっているかもしれませんが)

 

自分がどう生きるか。

自分が美しいと思うものは何なのか。

自分の価値を置くものは何なのか。

ここまで命を繋いでくれた先祖と

殺した数々の生命のために

自分の命を無駄にしないようどう循環させるのか。

人間という動物の地球における立ち位置はどこにあるのか

地球の一部として融合しどう共生するのか

 

などなど・・・・

つまりは自分がどう生きるかが価値基準です。

命を大事にするってそういうことなのではないかなと想ったりします。

 

だから誰がなにをやっていても、自分の心は安定しています。

他人軸で生きる人は、心が定まらず、不安や不満を心に持ちがちです。

他人と自分をいつも比べて、自分で自分を苦しめているように見えます。

 

モノや地位など何かを「欲しい」と思う心の状態も、そう思った時点で、満足できる状態をその人が手に入れることはないと思うのです。そういうものは本来、ひとりでにそこに結果として置かれるものであって「欲しがって手に入れる」ものではないと私は感じています。

 

だから来ることは拒まず去る者は追わず

(人間についてだけでなく宇宙規模においてです)

 

淡々と生きる

 

ニンゲンは地球上の単なる生物の一種ですから。

 

優先順位を間違わぬよう

自分の命を他者にあけ渡すことのないよう

刹那を生きているなら

どんな人でもその人の命は輝いているように私には見えるのです。

 

途上国へ行くといつも思うのです。彼らはなぜあんな風に瞳が輝いているのかと。

 

 

もしかしたら、自分を生きているからなのかもしれませんね。

 

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

 

 

Sponsored Link

Read More ...

Activity

 

 

奇跡は準備ができた者にだけ訪れる ある日突然、下半身不随になった京大生の軌跡

Amazon.co.jp

楽天・セブンネットショッピング・紀伊国屋書店等でも購入できます。

 

奇跡は準備ができた者にだけ訪れる

 

2010年のある日、息子が事故に遭ったと電話がかかってきた。

「命に別状はありません」

タクシーに巻き込まれ、腰椎が瞬時に破裂し、下半身に感覚がなくなった。

「二度と歩けない」

「社会復帰?ありえません」

そう医師に宣告された息子と母の、奇跡の実話。

 

闘病記ではなく、成功哲学として読んでもらいたいのです。

どう考えたのか、何をしたのか?

 

本人編として、瑞樹の視点で書かれた軌跡も巻末についています。

 

不可能を可能にしたい全ての人に

エールを送ります。

 

☆読者の感想

☆講演活動について

☆講演会参加者のお声

 

 

心に種まき~心に届く33の詩~

DLmarketで購入

 

2011年から書きためた33の詩をまとめました。

 

人生について

考え方について

恋愛について など

 

悩んだときに背中を押されるような

そして自分の人生は自分で創造していけるような

そんな想いをこめて書いています。

 

心に種まき~心に届く33の詩~

https://www.dlmarket.jp/products/detail/485499

 

本質を見抜くための MAHIRO思考-大切なことに気付くためのフレーズ集―


50ほどのワードの本質を私なりの言葉で簡潔に表している、写真集形式のフレーズ集です。

シンプルに誰にでもわかりやすく覚えやすい。

あなたの概念が変わり、思い込みが外せるかもしれません。

 

思い込みを外すと

大切な人と理解し合うことが楽になります。

迷っている自分の未来を決めるために足下を確認しやすくなります。

円滑な人間関係を築くためのコミュニケーション力がUPします。

相手に思いやりを持つことができます。

才能が拓きます。

視野が広がります。

愛が深くなります。

 

この本と出逢った人が自分の道を自信を持って歩いていけるような

さらに幸せになっていけるような

 

そんな願いをこめて写真集形式で 私の考えをまとめました。

 

https://www.dlmarket.jp/products/detail/460779

 

 

 

※当サイト掲載の写真は弊社専属カメラマンの写真を含みますので、転載をご遠慮ください※

 

Sponsored Link