息子と奇跡

18で結婚し、何もわからぬまま、一人で肩肘はって生きていた自分を思い出す。

満二十歳で長男を産んだ。

逆子で妊娠後期は歩けないほどお腹が痛くて大変だった。

嬉しいなんて喜ぶのも程遠く、分娩時は医師、婦長入れて7人がかり。

産まれた長男は仮死状態で、待っていた小児科医がすぐに酸素マスクをつけて連れていった。

命は助かったものの右手が動かない。身体は大きいけれど保育器の中。

毎日右手を擦り続け、退院時には問題なく動かせるようになったものの、すぐに心臓に奇形がみつかり、心配の尽きぬ子で、5歳のある日、川崎病に罹患した。

診断は間違われ続けたが、全身腫れ上がった長男を連れて救急で入った病院でやっと川崎病の治療を受けることになった。

川崎病は冠動脈にくる。そうなると状態は悪くなる。早期に入院して、処置をしたおかげでなんとかそれは食い止められた。

彼が中学になった頃、脊椎側弯症で、真っ直ぐに立てなくなった。

柔整、鍼灸、カイロプラクティックで開業をしていた友人に何年もかけて矯正してもらい、無事大学にも入って独り暮らしを始めた。

その、数か月後だった。

「命に別状はありませんが」という電話が私に入ったのは。

駆けつけた救急病院の処置室で、タクシーに巻き込まれ、腰椎が破裂し、二度と歩けない、座ることすら難しいと宣告された彼がいた。

瞬時に下半身不随、肋骨は何本も折れ、左手も骨折していた。

冷静にそれを聴く息子の強靭さ、私は彼をなんとしても歩かせるのだと決めた。

 

彼は奇跡を起こした。

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私は幼少期から無人島に憧れた。

欲したのは海と空と大地。

何も考えずにこの環境に子供を産み落としたことを悔やんだ。辛い目にも合わせた。

それなのにわが子達は、私の幸せを願ってくれている。

そんな息子の奇跡が本になって出版されることになった。

私の子どもに生まれてきてくれてありがとう。

過去すべてにありがとう。

 

奇跡は単なる結果であり、誰にでも起こり得ることだと思う。

独りでも息子のように立てる人が現れてほしい。

病やケガだけでなく、仕事も勉強もスポーツも、すべての人に、諦めかけていた夢を思い出してほしい。

生命の可能性を信じてほしい。

 

 

そんな想いをこめて、書いています。

 

奇跡は準備ができた者にだけ訪れる

 

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