善人と悪人

ニンゲンは自己正当化をするために『言葉』をつかっているようなものだ。ヨシヨシナデナデの意見を好んでシェアし、自分は善人なのだと懸命に言い聞かせている。

この世に善人がいると思っていること自体が摩訶不思議。

愛ですら、それがわからない人がイメージするような、包み込んでヨシヨシナデナデして依存させたり搾取させたりすることではないし、ましてや他者を自分の都合よく操作するなど、生まれた生命への冒涜でしかない。他人の事に、食った命のエネルギーを使うよりも、セルフコントロールに徹する方が建設的だ。

まっとうに生きているつもりでもこの国に生まれた時点で、必ず『何か』に荷担している。

誰が死のうが生きようが、本来は関係なく、操作できるものではない。

本人の選択の結果、もしくはその遺伝子のつながりの過程での選択の結果であり『必然』だ。

現状に不満が在るなら己の選択を変えるしかない。

自分が善だというニンゲンほど、悪意を隠しているように見える。

「人のため」

とか

「子供の為に」

などと、わざわざ声を大にして言わなくてはならないアノ潜在的な意識と同様に。

 

この世界のニンゲンに生まれた時点で、自己正当化をすることはできない。

殺した命は数えきれない。

喰うためでない殺戮にも、直接、間接的に荷担して生きてきたはずだから。

 

 

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