進化と絶滅

いま、ホモサピエンスが考え出した「仮説」のなかで、様々な科学的な「エビデンス」や「歴史」と言われるものがありますが、

それを何の疑いもなく、コピー&ペーストで本当に信じてしまってもいいのでしょうか?

その、ホモサピエンスとやからが立てた仮説の中には

多分、本当にそうだというもの、答えに近いところまで辿り着いているもの、答えなどなく自由自在に変化するものなどがあると思います。

 

シックスセンスが退化していない途上国の友人の話や、私の母方の親類の経験談を聞いているとき、それらを信じられないという人がいるのも事実です。

 

目の前で見ていなければわからないだろうし、それを金儲けにもしていない祖母たちが他人に嘘をつかなければいけない理由が存在するのかどうかも、その人間と付き合いもない人には判断できかねるでしょう。

 

世界には不食の人が相当数いると言われています。お会いしたことはありませんが、あり得ると私は考えています。手をかざしただけで人の病を治す人がいると聴いたこともありますが、あり得ると思っています。

 

勉強した知識だけを「正しい」と信じる人々には、それを否定することは、それを信じて生きてきた自分を否定することになるので、なんとしても自分を肯定したいという心理が働くのかもしれません。

 

多分、彼らには私のような

 

人間ごときにすべてがわかるはずなどない

 

などという価値観がなく、人間がこの世の生命体のなかで、もしかしたら一番賢いとでも考えているのかもしれません。

 

科学を否定をしたいわけではありません。私が日本で一番信頼している畏友は科学者ですから。

 

私が興味深いことだと考えているのは、誰も思い付かないこと、説明のつかないこと、死んでみないとわからないことなど。

 

なので「これは正しいんだ」と私に言う人を信用しません。

 

なんて傲慢なんだろう。どうやって人間である自分にそんなに自信が持てるのだろう?とよくわからなくなるんですね。

 

一応、そうですねと答えておきますが(笑)

 

でも、いつもお話しするように、どんな世界観を持つのも個々の自由です。

 

答えはひとつではないし、命を授かった生命体そのものがそれで満足して生きているなら、外野の意見は無意味です。正解を決めたい人は決めればいいと思います。

 

250万年前ヒト属が進化し始め、ホモサピエンスが台頭する現代に至ると言う仮説を信用したとして、現代の人々を見て疑問に思ってきたことがあります。

 

そもそもホモサピエンスしかいないというけれど、進化とは止まることはないのではないか?と。

私たちがホモサピエンスだと思っている我々ニンゲンたちは、すでにもう進化の過程で異なるものに分離しているのではないかと。

 

世界は循環していて、栄華を極めたものが衰退するのは、循環のなかでは自然であり、生まれたものが死ぬのも自然です。

 

絶滅に向かうものは、本人たちはそれと気づかずに絶滅に向かっているはずで、進化して生き残るものたちも、本人はそれと気づかずに新生する方向へむかっているのではないか?

 

私たちに理解できないことをやってのける「ニンゲン」がいたとして、それを

 

ありえない

 

と切って捨てる人々は、飛行機で飛ぶことを、「ありえない」と思う猿と同じなのではないかと。

 

だからこそ私はずっと、ありえないことをやってのける人々に、ワクワクしているのです。

 

過去のものと未来に生まれくるものとの融合。

 

種が異なると、交尾しても子孫ができないとしたら、不妊の原因は冷えや内分泌撹乱物質だけで説明できないかもしれない。

 

いまのニンゲンの頭ではまだ、それを明確に分類することができないとしたなら。

 

なんてことを真剣に日々考えている私です。

 

娘が購入したこの本は大人にも子どもにもお勧め!

 

是非読んでみてください。

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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