随筆 219

今日の朝ごはん
明太子マヨネーズパン
ごぼうパン
ソーセージパン
烏骨鶏卵
生ハム
柚子大根
日の菜の浅漬け
レタスサラダ
無農薬ネーブル
無農薬柿
国産キウイ
バナナ
ヨーグルト
自家製ドレッシング
マサラチャイ
ココア

今日は営業の日。
結果がすべて。
今年の成約率を上げつつ、新しい仕事を創れるよう同居人にも頑張ってもらわなくては。
娘も急に仕事がなくなったので、店探しから始まっている。あとは息子の事故の被告のような男が寄ってこない様に本人が周波数をあげるしかない。

でも視える人が高い人ではない。
幽霊や霊体がみえる人は光に縁がない人だ。どっちも視えるのは千里眼。
視えるなら死人とは縁のない世界を視る方が良い。そういう人は傍に霊体がいても平気で笑っている。なぜなら本人のバリアみたいなものがあるからだ。なので憑かれる人はやばい。いつもいうゴーストの地から這い出てくるあの黒い影に憑かれるからだ。それもこれもわからないシックスセンスが退化した人は誰かのお話を机上の空論としてコピペして軸なく生きるしかないのかもしれない。

軸がない人は文字通り、地球が与えたその軸がすでに退化してないのかもしれない。地球は完璧に生物を作った。交配させ、組み換え、破壊したのは人間で、一夫一婦制させもしかしたら不自然なルールだったかもしれない。
家康や猿にみるように生殖能力の高い雄にたくさんの雌が群がるってのが自然だったのかもしれない。
間違っても生物の一種サピエンスの個体が全サピエンスのルールを決めるなど狂気の沙汰なのだ。

その土、温度、水、植生にいたるまで、身土不二に言われるように、それぞれ必要なものが異なる世界各地のサピエンスの在り方を「ワンルール」で統一することなどできないということは、世界がここと同じ暮らしをしていないと知っていれば幼稚園児でもわかること。日本においては北海道と沖縄で大きく違っているように、エピジェネティクスなどで祖先から培ってきた遺伝子の大まかな差異もあるだろうし、東京などで地方人が沢山入交ったとして、相手に「常識」を求めても、そもそもその常識が大きく違うから最終的に違いを受容できないと破綻する。

たかが家庭一つにおいても、嘘をつかない両親と、綺麗事という家と外で逆転するような言葉を使うのが大人だと刷り込まれた家庭とでは、育った個体の生き方は真逆で、その繰り返しによって最終的に別種になっていくのが、サピエンスとエレクトスのようなものなのだと思っている。

実際、ここまで価値観、大切なもの、生き方、思考回路、治癒力までかけ離れてくると、サピエンスで絶滅していく種と、分化した亜種が数種、その亜種さえ人工的なものが強い交配種と地球が産み出した原始的なものをまだもつ新しい種が大きくかけ離れていき、サピエンスに破壊された世界で対峙していることも想像できなくはない。

その大きな循環の中で、どうでもよいみみっちいことに一喜一憂し、勘定し、日々闘っているのが私たちで、宇宙から俯瞰的に見ればほとんどが無駄な時間にみえ、無駄遣いが大嫌いな自分は┐(´д`)┌ヤレヤレって気分が日常となっている。

然しながら、大きな循環も地球の埃にも満たない個人の小さな積み重ねから始まるので、今日のこの行動が無駄にならないと信じて一人黙々とやるしかないこともあるのだと思う。

地球に愛を

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