本質を見抜いたとしても、人の心を読めたとしても、生物の喜びや悲しみを理解したとしてもすべてはニンゲンの主観的な意味づけです。
弱肉強食はニンゲンが考える善悪で決まるものではなく、単に地球が生かすかそうでないかだけなのかもしれません。
動物実験をして、ニンゲンの心身の意味づけを分析することに、さほど有益さを感じなくなりました。
つきつめていくと、私たちの身体や腸内細菌に至るまで単なる原子で、原子のくっつき方が少し違えば鳥になったりゴキブリになるというようなものでしょう。
期待や成功や価値など、それらは所詮個人の意味づけから来るファンタジーゆえ、さほど重要ではありません。
自分のファンタジーの世界で、面白い展開かそうでないかくらいのことでしょう。
歓びも悲しみも、出会いも別れも、個のファンタジーの中でのみ意味を成し、他者にとってはどうでもよいことです。
時に憂鬱な展開がくると、自分の創造したファンタジーのどの点にミスがあったのかと熟考し、今後の展開を組み立て直します。
優劣を決めたがる人も、心にある悪意を隠して綺麗事を言うような人も、劣等感から支配したがる人も、そういうファンタジーを好きで創っているならそれはそれで良いと思うのです。
ただ、個人的には自分のファンタジーにあまり数多く登場させたくないだけです。
地球が生かすのは、象牙のために顔をえぐるニンゲンであり、殺された象ではありませんでした。
武器を持って民を殺すニンゲンであり、民ではありませんでした。
いや、でもこれも、もしかしたら自分だけが観ているファンタジーかもしれません。
脳の電気信号はニンゲンの形を創り出し、動植物を創り出し、世界を創り出し、誰かが目の前にいるように視覚を使います。
多分、この世界に「真実」はありません。
地球だって私の脳の電気信号が創ったものでしょう。
目の前で文句を言ったり責任転嫁をしてくる物体はいったい何なのか?と、冷静に眺めていることがあります。
単なる脳の電気信号のために、セックス依存で群れを乱すタイプのファンタジーの面白さも、私には理解できません。
変えるべきは自分の電気信号でしょう。
この世界には優劣も善悪も、正解も間違いも無いのです。
分析はゲーム遊び、批判は思考の浅さです。
自分の話が面白くないなら、次のページから面白いファンタジーを書きましょう。
下手でもいいのです。続けていれば少しずつうまくなります。
もし失敗してお話が終わってしまったら、原子をバラバラにして、またくっつき直して別の何かになりましょう。
息子のことがあって、自分がファンタジーを創っていることに気がつきました。
私の本を読んだ人がそれに気づいてくれたら幸いです。
電気って凄いのかも、いや、それさえ無いのかも……
何もかも始まりがなく終わりがない・・・・・・・無限ですね。
いまは美しい世界に住むお話創りの真っ最中です。
イメージは昔からずっと同じなのにゲームを盛込みすぎたのかもしれません(笑)
そろそろ暇つぶしのゲームを終えて、本題に入らないと。
さて、次のページに何を描きましょう?
真実は虚無 リアルはファンタジー
今日も皆さんありがとう
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