今日の朝ごはん
カフェラテ
自家製酵母の雑穀ナッツスパイスパン
自家製ヨーグルト
和歌山の蜜柑ジャム
ズッキーニのチーズソテー
どんこ椎茸のバター焼き
ホウレンソウとトマトのオープンオムレツ
ロメインレタス
ラディッシュマリネ
林檎
バナナ
国産キウイ
ブラッドオレンジ
今朝はやはり氷点下。
真冬並みの寒さでエンジェルさんたちの部屋も夜中にストーブ。
それでも簡単にお湯が出る環境に感謝。エスタママは井戸水を毎回三点竈で沸かして、手を洗う水さえその消毒済みのぬるま湯を洗面器で受けながら一人ずつポットで手にかけてくれる。
あの自給自足の生活から見れば日本の田舎などまだまだ贅沢。電気ガス水道も使っているし、PCはあるし、車も乗ってる。
でも大阪市のど真ん中で育った私には、昭和、平成、令和をこえて、この時代にまだ竈が残っていたり、薪風呂だったり、汲み取りトイレなどが現存するなど、ビックリするような家であり(うちは違います)小学生の頃、大阪の郊外に遠足で行ったとき汲み取りがあることに驚いて、「これって東京や大阪以外のド田舎にしかないものではなかったの?」って訊いた記憶が。思えばあれからかなりの年月が経っているのに、いまだにそういう生活をしている高齢者もいて、どうやってあの高度経済成長からのバブル期をこれで乗り越えたんだろう・・・ってすごく尊敬。
日本の良きものを遺してくれてありがとうって。
結論、薪や囲炉裏の煙の効能が研究結果で出てたり、水道を使わない生活、電気が通らない山の家など、マサイまではいかないけど、都会に比べれば持続可能でしかなく、電気が足りないと言ってさらに環境汚染する発電設備よりよほどいい。田舎でALL電化など狂気の沙汰で、もったいない。
かつては村の中に映画館や風俗まで並んでいたらしい。多分そうやってそれぞれの家がそれぞれ必要な商売をして循環が起こっていたのだろう。
私が育った場所でもやはり商店はたくさん並んでいた。いまや、時間をかけて大手がすべてを吸収していき、市場というものはほぼ残っていない。
一般人の通帳事情と全く同じだな(笑)
その忍耐力と継続力に拍手。
思考を現実化させる人々は、何十年かかっても必ずやり遂げる。そのパワーはよくも悪くも同じであり、手法と結果がどうであれその点は素晴らしい。
「ルーツ」のクンタキンテも7代目でやっとドラマ化されるに至ったけど、アフリカから連れてこられたあの人の強い想いの遺伝子が7代先まで継承されての結果なんだろう。
「決める」ということはそういうこと。死んだ後でも関係ない。
ただ、恨みつらみは単なる地縛霊にしかならないので無益だけど、怒りは自分のパワーを数百倍に変える力があるように思う。
ネルソンマンデラやガンジー、ムヒカ大統領、キング牧師など、怒りがなければあそこまでなれない気がする。
息子も私も巻き込んだタクシーの運転手にアデノシン三リン酸一個も使わないようにはしたけれど、「ここで寝たきりの人生を受けるようなこと何もしてないぞ!」っていう怒りのような感情は潜在意識にあったかもしれない。それが事故当日に「絶対に歩かせる」という思いで私が泣かずに震えていた真の理由かもしれない。
怒りと愛とは紙一重で、恨みはなくても怒りの感情は大切だと思う。
マグマのような怒りと同様に、マグマのような愛が私に湧いてきたなら、またあの時のように「ありえない」奇跡が起こる可能性はある。
マグマのような愛は対象に向けられた何かを払拭したいという強い怒りが根底になるかもしれない。
今までそれほどに愛した対象はいないのはマグマで溶けてしまいそうな弱い奴ばかりだったからと実は自分ではよくわかっている(笑)
だから自分同様にマグマを持つ人間でないと相手が死んでしまうのである。
マグマとマグマならお互いに融合できて別の形になれる。それがJINなのだと思う。
どうせ愛し合うならMAXでなきゃ意味がない(笑)
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