帰還

生き物はみな、元いた場所に帰りたいのだろう。

子供の頃、二階の窓から家の前の道を眺めていた。そこで遊ぶしかなかった下町。

緑が見えなくて、地球は大丈夫なのかと思っていた。

勉強などしなくてもテレビで世界は見えた。日本人の習慣が世界で正しいわけではないこともわかっていた。

学校でもらう教科書の内容は一通り覚えたし、両親の楽しげな遊びも理解はできたけれど、あまり興味を持てなかった。

一冊だけ幾度も読み返していた本があった。僅かなお小遣いで買った、サバイバルの本。

蛇に噛まれたときの対処。自然環境の中での食品の保存法。トイレの作り方。水の濾過法。虫さされや傷の消毒などが図解入りで書かれていた。

都会は確かに便利だったし、歩いて百貨店にも行けた。小学生の頃からコンビニもあった。夜中にお腹が空けば父がお好み焼きを買ってきてくれた。

けれど、私の何かを呼び醒ますものは、テレビで観たマンモスの肉を食べるアニメ。奴隷の実話ルーツ、ハイジ、そして青い珊瑚礁だった。

 

熱帯の無人島、アフリカのサバンナ、海と山と大地と自由。

 

 

処分品だったシェリーは直ぐに私を信用してくれた。

家に閉じ込めておくのは不自然だから、天気の良い日は毎日散歩に連れて行く。

彼女はいつも黙って遠くを見つめている。風を感じているのか、草いきれなのか、それとも遺伝子にのこる故郷の記憶なのか。

 

 

その瞬間、彼女は此処にはいない。

 

 

この村にはシェリーの食べる草も野菜もあって、外に出れば土と草の匂いがする。

空気は白くないし水も美味しい。

ペットショップの金網の中に8ヶ月もいたシェリーだけれど、きっと本能で自分の生きる場所がニンゲンの創ったものの上でないことを知っているのだろう。

 

私もシェリーと同じで、生まれたときからあるこの違和感は、そこは生き物がいるような場所ではないとわかっていたからなのかもしれない。 

どの国にいっても怖いぐらい飛行機の乗り方が同じで気持ち悪い。せめてニンゲンたちが、ターシャ・テューダーやアーミッシュくらいの生活まで戻すことが出来たなら、日々充実したやりがいのある、生きるための仕事をしていけそうだとも思う。

エスタママは日本人のいう「仕事」はしていないけれど、生きるために必要な仕事を朝から晩までしていて、尊敬すべき人だ。あれを継続できそうな人はこの国にはそういないと思う。

 

 

生き物は多分みな、元いた場所に帰りたいのだ。

自分の脳の記憶の何処かに、それがまだまだ遺っていて良かったと思う。

あとは、どうやって誰かの創ったお話であるシステムから離脱して、その本来の場所に還るかだけなのかもしれない。

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

 

 

 

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