来客

うちの家には毎日、様々な訪問者がいます。

まず先日は、私が留守の間にやってきて、二時間も日向ぼっこをしながら裏庭で寝ていた狸の仔。

娘が外に出ても逃げずにじっとしていたそう。昨年の初秋に庭の前を歩いていた小さな子狸を見かけたのですが、大きさからしてその子かもしれません。ただ、お尻の辺りを大きくガブっと何かに喰われた跡があり、治ってきてはいるものの酷いけがだったのだろうと娘は言ってました。先日私も猫のようでいて猫でもなさそうな後姿を庭の端で見かけました。この仔だったのかも。

この仔の顔を見て、一昨年来たRUIさんを思い出しました。

野良猫のRUIさんは娘の足下に寄ってきて何度か餌をあげ、夜は寝床を用意してあげて湯たんぽも入れて、そろそろうちの中で飼う準備をしないといけないなって思ってた矢先、朝亡くなっていました。あっためて一旦息を吹き返したもののすぐに天へ。名前をRUIさんと決めていたので、たった数日間の付き合いでしたが埋葬しました。RUIさんも抱き上げた時に初めて(未だ触るところまで距離を縮めていなかった)後ろ足の骨がむき出しになっているのをみて、ああこれが致命傷になったんだなって。
死に場所を探してたんでしょうね。

野鳥はたくさん来ます。うちの庭の蹲は野鳥の水場でもあり、イソヒヨドリさん、シジュウカラさん、メジロさん、モズさんなど数えきれないくらいやってきます。

畑にはいつもジョウビタキさん達がいて、娘が早朝に畑に行ったら、畝にかけてあるネットの中に足を引っかけて暴れまくっているジョウビタキさんを発見。近くに仲間がいたらしいですが、娘を見たとたんに飛んで行ってしまい、ネットをあけてジョウビタキさんを掴んでひっくり返し(小鳥はひっくり返すと大人しくなるそうで)脚の爪からネットを外して「はいどうぞ」って言うや否や飛び立ったそうです。

今までは逃げていた猿も裏庭で休んでいく子が現れたりしますし(笑)

こちらが「大丈夫だよ」っていう周波数を出していれば、動物たちも安心して一息つけるのかもしれません。なんたって野生で生きるってことは、自由でもあり、毎日が生死をかけた闘争でもありますからね。

万物に愛を持つことは簡単ではありませんが、「その瞬間を確かに一緒に生きている」という事実は感動でもあり、美しくもあり、敬意でもあります。

 

幼児期から動物園、水族館、サーカスなどが大嫌いです。

魚が観たいなら海に。動物が観たいならアフリカに。

ショーをさせて喜ぶような暇な人間の傲慢さを棄てることを断捨離と呼びます。

 

アフリカの地平線、観たくなりました。

 

電波の画像では価値がありません。

生命のオーラ、波動、空気のにおい、風。風が無いと絶対に幸福にはなれません。

地球上のどこででも好きな大地に制約なく生きることができる世界に戻るのはあと僅か。見届けたいものですね。

 

万物に愛と懺悔を

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