飾らない生き方

正直に生きていたいのに、自分がそれをすることに抵抗を覚えている人がいます。

どうしてでしょうか?

本来はそういうものを持たない生き方が望ましいでしょう。

親の言いなりになることが「親孝行」だと思い込んでいる人が居ます。

子どもが徹底的に幸福になることが本当の親孝行でしょう。

誰かの指示通りに動くことが仕事だと思い込んでいる人もいます。

動物は誰かのために生きません。

虫も誰かのために生きません。

子の巣立ちは寂しくても喜ぶべき生物の通過点です。

働くならどのような経営者で何のためになっているのかを考えて仕事をしたいものです。

私たちは自分にしか歩めない道を死ぬまで歩き続けます。

その一本の道は決して他者には歩めず、誰かに依存したところで自分のそれと相手のそれは同じになることはありません。

その道が短いのか長いのかは自分の日々の選択の結果で、またその価値は長さでは測れません。

誰かの顔色をうかがいながらキョロキョロして生きる人の道と、自分で決めて真っすぐに生きる人の道とでは、どちらが自分にとって幸福なのでしょうか。

もちろん、愛する人に合わせながら見守っていくことが自分の幸福だというならそれも選択です。

自分にとって譲れない大切な物が何なのかを明確にしておいたほうがいいと思うのは、迷ったときに後悔なく選択ができるからです。

その人が何を大切にしているかは行動から見てとれますし、言葉からも見てとれます。

最近、正直な方とばかり出会います。

美しさも気品も瞳の輝きも、自分に素直に生きている人からでしか感じられないものです。

高価なバッグを持ってドレスを着て化粧で飾っても、それと美しさは比例しません。

大抵の人が明日のことをネガティブに捉えがちですが、創造するそのファンタジーが明日本当になるのか、それとも先にネガティブな未来をわざわざ自分で創造しているからその通りに行動しているのかどちらでしょう?

やってみないとわからないということだけが事実だとするなら、殺した命で生かされている自分のエネルギーを、自分にとって不幸なファンタジーではなく、幸福なファンタジーづくりに費やしてみてはいかがでしょうか。

わざわざ自分の身体で「罪悪感」や「劣等感」などという毒を産生し、循環させないことです。

手放すべきはまずそれだと思うのです。

ではそれらを手放すためには何をすればよいのか・・・・・・

自分に正直になって一度優先順位を整理してみることをお勧めします。

そしてもし望むことに気づいたなら、本当にそれが不可能なことなのかどうか検証してみてください。

誰の支配も受けずにそれぞれが自由に選択し、同じように共生できる生き物たちと創る世界が

その生き物にとっての天国なのかもしれません。

 

すべての生き物がちょうどよいバランスで地球に生かされますように・・・・・

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

 

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