随筆 116

ニンゲンは死に際にならないと気づかないようだ。

自分たちが数えきれぬ生物を殺し、おまけにその命を無駄にしておいて

まだ誰かが助けてくれると思い込み、怠惰に生きるのはなぜなのか?

いったい今日、なんのために牛や豚や鶏を虐待して喰らうのか?

喰いすぎておいて痩せたいとはどういう意味なんだ?

まさか人間が他生物より優位だと?

まさか自分は隣人より優位だと?

わかってちゃんもわかったちゃんも、どちらも摩訶不思議な生き物だ。

自分が生きているということは、誰かが犠牲になっているということ。

自分が生きているということは、何かを殺し続けているということ。

自分が生きるために自分でやらなければならないことがある。

他者に依存し搾取しておいて、愛されたいと宣うのはなぜ?

システムの中に生きて当たり前のようにそれを享受しておきながら、不平不満を言うのはなぜなのか?

懺悔と反省と感謝を忘れたものは嘘をつく。

嘘は人を不幸にしかしない。

誰かを嫉んで殺しても永遠に幸福は訪れない。

さらに闇に堕ちるだけだ。

そのような生き物であるニンゲンの自然淘汰は地球にお願いしたい。ニンゲンが出る幕はない。

良くも悪くもこのようなエネルギーが最高潮に差し迫るとき、何かが消え何かが生まれる瞬間であることに間違いないと思う。

 

栄華を極めたものは衰退する

 

その淘汰の中に自分が在るなら甘んじて受け容れようと思う。

 

 

 

 

 

 

Pocket

0 comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です