随筆 123

迷ったときはこれを指標にしよう。

地球が与えてくれた大事な感覚だ。原始的な脳、所謂第六感というものだが、個人的な強弱はあれ、それはいつも『違和感』という姿で自分の間違いを教えてくれる。

 

自分の信じている世界の姿と、他者の視ている世界の概要は全く異なる。

同調圧力でしか判断行動しない類は、他者との世界観の違いを感じていないのかもしれない。

でも『違和感』は覚えているはず。

 

違和感を無視して突き進むとき、多分ある種の『恐怖』を感じるはずなのだ。

賢い動物は、そっちの道を選択しない。

理由は要らない。

あとからわかるから。

プライドとかいうちっぽけな恐怖など即座に捨てる。

執着も即座に捨てる。

まだ煙も上がっていないのに火事になると予感して逃げる鼠たちのように。

 

想像してみてほしい。

地球が備えてくれた違和感=第六感に逆らえばどうなるか。

第六感が退化したグループがそこにとどまったとしよう。

自分だけが違和感を覚えている。

でも皆がそうしているから自分もここに留まろう。

せっかく本能で察知していても、残念ながら顕在意識が弱い。

火事で焼け死ぬことになる。

 

逆に大多数がとどまり、自分も違和感を覚えていないとする。

自分とは異なる意見を持つ相手についていく方がなんだかイライラしたりする。しんどい。

その場合のその人の正解は多数派の中に留まることだろう。

火事は起こらないかもしれない。

 

だから猿まねは意味がない。

自分の意識に素直に、心が楽な道をチョイスすればいい。

虚栄心や支配欲、依存心を持っていると感覚は鈍化する。

フロー状態で欲のないときに感覚は研ぎ澄まされていくからだ。

 

自分の信じた世界には視たことも聞いたこともない新しい何かを誰かが話していたとしよう。

「知らなかった。これでまた世界が広がる。」

と感激する人と

「偉そうに。馬鹿にしやがって」

と攻撃的な意識になる人とに、大まかには分かれるだろう。

 

後者は頭打ち。他者との出会いを無駄にする人は成長が鈍化する。

自分より賢明な生き物が星の数ほど存在するということをわかっていないのかもしれない。

前者は出会いを無駄にせず成長する可能性が高い。

ただし、鵜呑みにして猿まねしてはいけない。

自分で考える思考回路をなくし更に馬鹿にならないよう、自分自身で調べ、実践し、確認を続けて初めて自分の世界に取り込めることを忘れてはならない。

その出会いで得た物が事実ではなかったとしても、実践した先に『自分でつかみ取る事実』が自分の世界を創っていくから。

まったく無駄にならないのだ。

過去に出会ったすべての存在が師である

 

いま日本人は右と左に分かれているように思う。

どちらを信じるも自由。

違和感で判断すればよい。

それがその人の正解。(他人に圧しつけられる賢い人間は地球には存在しない)

結局生き物はみな自分しか信じていないのだと思う。

だから、誰かに責任をおしつけるために

「○○さんが言ったからこうしたのに」

なんていうニンゲンと付き合うことは大きなリスクなのだ。

第六感が退化しているということだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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