事実は小説より奇なり 1

※これは事実に基づいたフィクションかもしれません

 

決して忘れることのないその日。

五月、土曜日の昼下がり。

美しく晴れた青い空だった。

 

ベランダには前日迎えたばかりのダマスクローズ『レダ』が並び、ワイルドストロベリーがたくさん実をつけていた。

毎日朝と夕方2時間はガーデニング作業に時間を費やし、幸せな毎日。

バラが300輪以上咲き誇る五月の週末は一日中バラの手入れをしていた。

以前、アロマ関係のライセンスを取得する時に、机上の空論より自分でハーブの植生が確かめたくなり、手に入る種と苗はすべて手に入れ育てていた。

オールドローズも40種ほど栽培していて、併せて100種をこえていた。

都会の真ん中、マンションの上階。

それなのにテントウムシはいったいどこからバラの匂いを嗅ぎつけて此処へやってくるのか。

ウスバカゲロウは一体都会のどこに潜んでいたのか。

ミミズも沢山わいてくるし、不思議なことだらけ。

カレルチャペックの言うように、鉢の中に確かに宇宙はあった。

 

来客があるので、いつものようにオーブンでシナモン、バナナと胡桃を使ったパウンドケーキを焼いた。

黒砂糖しか使わない私のケーキは少々色が濃い。

だけど食べた人は持ち帰ってしまうくらい好評なケーキ。

お昼ごはんのメインは大葉と梅肉をまいた鰯の天ぷら。

家族の大好物だ。

準備完了。

初めてうちに来る子だから、無難に和食にした。

そしてデザートには、作り慣れたケーキとハーブティーを用意したというわけ。

 

仕事で家に居なくても、子供たちの友人が来る日などは、テーブルの上に人数分お昼ごはんを用意していくのが常だった。

夫の友人たちも盆正月はよくうちで寝泊まりして、私が料理して皆で食べて遊んで雑魚寝。

いつもの見慣れた光景のはずだった。

 

「こんにちは!」

「初めまして、どうぞ。」

私は挨拶もそこそこに、キッチンへ行き昼食をテーブルまで運んだ。

長いテーブルに食事を並べると、彼は私の正面に座った。

 

落ち着いて一息つき、顔を上げた瞬間、目が合った。

赤いレーザーの様なものが目と目の間に視えた……気がした。

「まさか、気のせいだ。」

 

世間話をしている間も終始笑顔の彼は、美味しそうに昼食を平らげた。

パウンドケーキは殆ど1本カットしてお皿にのせたのだけど、ほぼ全部彼が食べた。

私が育てたハーブだと話しながら淹れたお茶も美味しい美味しいと言って飲む。

話もそこそこに、私はいつものようにベランダに出た。

 

彼が覗きに来たので、

「これ美味しいのよ、ワイルドストロベリー」

と言って見せると、

「食べる!!」

と言って、躊躇なく口に放り込んだ。

都会の人はベランダで栽培しているモノや土を汚がって、他人のベランダでできたものなど食べない人が多い。

なのに初対面にもかかわらず、私の言葉をそのまま真っすぐに受け取った彼に驚いた。

満面の笑みで私を見つめている。

「あなたが逢いに来たのは私ではないでしょう」

心の中で呟いた。

確か1時間ほどすればどこかに出かけると言ったのに、デザートも済んでベランダを覗き込んで、彼は一向に帰る気配がない。

 

この時は、まさか20以上も年下の彼が、私の人生にこれほど関与するとは、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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