願いが叶うとき

今から離島へ向かう。

小学生の頃に恋い焦がれた南の島。

その頃決めた人生の目標である「無人島で独り生き抜けるような強さ」を持つこと。

どこかもわからないその無人島がフィジーのヤサワ諸島だったと知ったのは2回目の滞在時。

そしてフィジーへの4回目の渡航にしてやっとヤサワへ。

場所もわからなかった。あの頃は、まさか自分があちこち途上国をまわるようなニンゲンになるとは想像もしてなかった。

予防接種もなしに独りでアフリカまで行けるような身体になるとも思わなかった。

同じ生き物であるのに、誰かが誰かを支配することも支配されることも、不自然に見えた。

弱肉強食で強いものが弱いものを淘汰していく様はわからなくもない。しかし人生すべてを誰かのつくったシステムに支配されるなどまっぴらゴメンだ。
時にそれを利用することはあったとしても。

何をするかより誰とするか

これさえわからなくて眉間に皺を寄せている人が多い中で、私の場合は、

誰と生きるかよりも何処で生きるか

なのかもしれない。

結果的に、引き寄せられたこの島国の人々も総合的に好きなので、この国なら無人島でなくても良いのかもしれない。

想い続ければ辿り着くものなのだ。

星野道夫さんの言葉にある。

想い続けた夢がかなう日の朝は
どうして心がしーんと静まりかえるのだろう

いつも何かに辿り着くときは心は静寂の中にある。

辿り着くということは、それだけ本気だったということなのだろう。

逆に言えば、辿り着かないものは、本当はどうでもいいことなのだろう。

自分が心から求めているもの。

自分が心から愛しているもの。

私の場合はどうもニンゲンではないようだ。

今日も皆さんありがとう。

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