随筆 131

誰がどう生きようが放っておけ。

目の前の落とし穴が視えずに堕ちるのも、その人の人生である。

自分に選択権があるように、相手にも選択権がある。

何もかも自己責任。

何もかも。すべてだ。

誰かが何かしてくれるという、根底からの搾取民は大嫌いで、生きる力を感じない。

それは単なる私の個人的な好き嫌い。

あなたにも好き嫌いはあるだろう。

嘘つきは反吐が出るほど醜く視える。

それは個人的な私の視覚の問題。

あなたに視える美しさは綺麗事だったりするだろう。

猿まで守らなくてはならないと思っているニンゲンはそうそういない。

ゴキブリも守らなくてはいけないと思っているニンゲンもそうそういない。

同じだ。

誰かが異なる生命を守らなくてはならない思考が摩訶不思議。

都合よく『同類』になり、搾取しようとする。

きっとそういう輩には『お金』というエネルギー交換券はもってこい。

でもそうでない生き物にはニンゲンの刷った交換券など実はどっちでもいい代物。

自立民と自立民の才能の交換=循環で生きていける。

搾取民が襲ってこなければね。

サピエンスなら平和的システム構築に脳みそを使えるはずだ。

だって『賢い生き物』なんでしょう?

 

私は愛の循環ができる生き物とだけ生きたい。

微生物とも。

ゴキブリとも。

蛞蝓とも。

きっと皆循環。

循環を止める奴は悪魔に視える今日この頃。

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

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