随筆 142

今日はリンの命日だ。

コロンと同様、長い間生きて、多くのことを教えてくれた尊敬すべきハムスター。

2歳になったと同時に癌ができ始め、最後は痛くて眠れなくなった。

全部ニンゲンのせいだ。

おかしな交配、実験動物からのペット。

不自然な環境。

私もリンを癌にしたニンゲンの一人である。

 

リンは完全に自立していた。

最後の最期まで食べていたし生きることを諦めなかった。

トイレまでもたずに失敗すると、決まってバツが悪そうにシュンとしていた。

痛みがひどい時は部屋を走り回って凌いでいた。

眠れない時は私が背中を撫でた。

痛みが軽減するように1時間でも2時間でも撫でた。

 

リンと母の最期は似ている。

母はニンゲンの作ったものを信用してしまった。

治らないもの、だんだん悪くなる行為は治療ではない。

骨折や破傷風の治療など、時間がかかってもよくなるものは感謝すべき智慧であり、私はそれを治療と捉えている。

根本的な解決をせずに、安易に機械の作った錠剤を飲んだところでよくなるとは思えない。

忍耐力は、痛みや我慢ではなくそこに使わなければ意味がない。

真実の追求だ。

手軽さによる怠惰に流れる人々は、いったい何に命の時間を使うのだろう。

17,8歳で死ぬと宣告されていた私からの経験。

 

30年以上継続してやっと視えてくるものがある。

半世紀近く貫いて視えてくるものがある。

けれどその間も、ニンゲンがどんどん毒を地球にまき散らすから、同じことを続けていてはこっちも影響を受けてしまう。

荷担者は増えていくばかりで、それを避けることは地球上どこへ行ってももはや難しい。

クオリティを上げていきながら、最強の一手を同時に創造しなくてはならない。

リアルな行動でしか経験値は積みあがらない。

虚栄心による嘘八百が何の価値がないのもそれゆえだ。

青二才の意見はどんなに頑張っても高齢者に劣るものがあるというのもそれゆえだ。

高齢者に学ぶべきことは多くある。

笑っている人が何事もなく80年生きたわけではない。

生命の循環のなかにあるその順序を間違わないようにしたい。

 

チャペックのいう鉢の中に宇宙があるというあの言葉を理解できれば、波長の高い音が聞き取れるようになり、魂で美しい生命と交流できる。

かつて先住民が唱えてくれたそのような世界を、誰かが抹殺しこの世から追いやった。

狼は何もしていないのに人間に虐殺される。

愛のある強く美しい生き物たちは、悪魔によってたかって殺される。

そうして自分自身をも助けてくれる生命を、自分の一部である地球上の生命を『恐怖』のみで殺戮するのがサピエンスという賢い生き物らしい。

それを繁栄と呼ぶのか。

そんな生き物に同化してしまっては、先祖代々殺して血肉にした生物たちの魂が浄化できるわけもなく、そのエネルギーは自分に百倍になって還ってくると思われる。

けれどもしも自分の罪に気づいたなら、せめて生きている間にそれ以上に償えばいい。

懸命に生きている命に畏敬の念を持ち、どうしても殺さなければならない時には感謝と懺悔の心を持って目を閉じる。

 

生まれた時、誰にも分ってもらえず耐えた時間がある。

死ぬときも誰にも分ってもらえず耐える時間がある。

生物は常に孤独である。

だからこそ、生きている間は多くの生命と意識の交流をするのかもしれない。

その魂の交流こそが真の喜びなのかもしれないと思う今日この頃。

 

美しい地球に。

全ての生命が喜んで生きて死に逝く世界に。

万物の魂に愛を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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