随筆 146

冷静に考えれば子供にでもわかることがある。

最も危険なのは・・・・・・

恐怖や不安が脳を占拠して、正常に働かないことかもしれない。

その時、ニンゲンは自分しか視えない眼球に変化し、耳は恐怖のシナリオしか聞こえなくなり、記憶を失う。

当初の目的をすっかり忘れ、惰性で手足を動かす。

 

何のためにそれを始めたのか。

なぜそれをチョイスしたのか。

いつの間にか「仕方ない」という言葉に置き換わるその思考回路の道程は?

そんな人がなぜ認知症の老人を疎ましく思えるのか理解できない。

 

右往左往して年中パニックを起こす人は記憶にフォーカスしたほうがいい。

忘れてしまうのなら今日なぜそれを選択したかメモしておくことだ。

いかに自分が都合よく話を創りあげているかわかるだろう。

自分の思考の変化と意味づけと都合よさに、私自身もニンゲンの頭の悪さを痛感することがある。

だからなるたけ冷静に。

 

冷静になればわかることがある。

知識などなくても勉強などしなくても。

視野は広く持ち、誰かの話は傾聴してみよう。

違和感と虚構はセットだ。

 

動物は自分のためにしか生きない。

その人が自分の為に何をしているか、という軸をしっかり視る。

「誰かの為」なる言葉には注意したほうがいい。

行動がすべてである。

その人が何に命の時間を使っているか、魂の軸はなにか、何に金を投じているか、そこだけ視ていれば話が虚構かどうかは簡単にわかる。

また、誰かが助けてくれるなどと都合よく考えないことだ。

死んだらそれで終わり。

誰も後を追ってはくれない。

それぞれがまたそれぞれの生活に戻っていく。

どんなに涙を流しても、生き物とはそういうものである。

 

自分が居なくては困る・・・・というのも冷静さを欠いた人の思考である。

自分が死んだらまた新しいものが生まれる。

それだけのことだ。

誰も世界を牛耳ることはできない。

思い込みの激しい恐怖に獲りつかれた生き物だけが、ひとりでに地獄を創造してその中で生きるのだ。

せっかく生きている間のエネルギーをそんなものに使うなんて・・・・・・

もったいない。

 

 

 

 

 

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