随筆 223

随筆222の続きです。

やはりリアルな関係が大事です。

対面で会って話すと伝わってくることがあります。

 

人は大抵相手の事を悪く話し、自分の事はよく伝えたいものです。

それでも片手落ちな話が嫌いな私は、可能であれば関係者各位にそれぞれ話を聞いて判断する方です。

 

そこで見えてくるもの。

自分の良いと思う考えは皆すんなり話してくれます。

関係者についておかしいと思っていることも話してくれます。

もしもこれがブルーライトの画面に指でなぞるだけのフォントなら、実態が見えてこない綺麗事や、誇大化されたもしくは矮小化された言葉ばかりで、本心もなかなか伝わらないかもしれません。

聴いた方が、美化してとることも、悪意にとることもどちらでも可能ですが、対面では自分でも気づかない微妙な愛や嘘や仕草を細かく観察しながら心で察知できます。

 

そしてリアルで話を聴いた側は、総合的判断が容易になります。

ほとんどの場合言えるのは、問題が浮上したときの話し合いなどはとても似通っていて、良いところも悪いところも誰でもあるということです。

ニンゲンはパターン化されています。

まだ相手と生きていくつもりがあるのなら、揉めるのではなく、役割分担しながら折り合いをつけて永く助け合う着地点を見つけることが最善です。

 

ただし恋愛関係は特異で、他に好きな人が現れたりすると今の相手とは続けられないかもしれません。

その時は別離も幸せの一つ。

 

第三者である私が言えることはいつも同じ。

「あなたが幸せになってくれたら嬉しいです。」

 

人生に哀しみと傷みはつきものです。

無傷で幸せになることはできません。

でも素直に正直に心の赴くままに生きれば傷は最小限で済むでしょう。

 

極論、何を聞いても私にとって良い人であれば、他人にどうであれ誰もがずっと「いい人」なんですけどね。

 

ちなみに

出会いは幸せのため

というのが私が関わる人々とのスタンスで、関わる人たちの不幸そうな顔を見るのが好きではありません。

 

貴方の道は貴方だけのもの

自由で幸せになって

 

誰に対しても同じで、共通する気持ちです。

 

かつて畏友が3号と結婚した私に言いました。

「僕と貴方との関係と、彼と貴方との関係は何も変わらない。ただSEXするかしないかだけのことでしょう?」

と。

いや、確かに振り返ってみればそうでした(笑)

畏友とも仕事をしたかったし、議論もしたかったし、できれば同じような方向へ歩いて行きたかった相手です。

男女の関係はなくても。

 

厄介な恋愛という奴ですが、真摯に人と向き合ううちにふと気づいてしまったことがあります。

知ってたんですけど、認めたくなかったのかも。

私が15年も恋慕を抱く相手に関してなのですが、リアルでは、機械に向かってうつフォントだけの実体のなさで、つまりリアルな関係が「無い」のだとしっかり自覚したわけです。

するとフラッシュバックが酷く、少々落ち込みました(笑)

 

私の道は私だけのもの。

途が異なるのでしょう。

そこに沿う近しい道の人が存在するなら共に生きて逝きたいです。

人生でたった一つ完了できていないのが雌雄の融合ですからね(笑)

 

それは限りなく自然発生的に、自発的に、喜怒哀楽さえ共にできる「砂漠の中の米粒」です。

 

空気の対流が起こります。

言わなくても伝わることが渦巻きます。

あの頃それが出来た相手とはリアルがなくなりました。

永くフォントで伝えすぎました。

きっとあちらも私のリアルをもう感じられなくなったのでしょうね。

 

さてはて

 

リアルを最も大切にこのまま進んでいきたい所存です。

 

地球よ治れ

万物に愛を

 

 

 

 

 

 

 

 

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