随筆 33

人はいくつになっても、帰る場所がほしいのかもしれない。

それは、必ずしも故郷ということではなくて……

帰る場所がある人は、それが心の拠り所となり、安心して旅に出ることができる。

それが、家なのか、母なのか、妻なのかはわからない。

人でない場合は土地かもしれない。

もしも親のところに帰れない場合は、他人に求めればいい、

それでもない場合は、土地に求めればいい。

親子に拘る人が多いけれど、どんな生命も交尾はするし、時が来れば子は産まれてくる。

そこに、人間は意味づけをしたがるが、大抵の人は死ぬ間際に傍らにいるのは他人である。

帰る場所がなくて、流浪する人もいるけれど、そんな人は、地球に還るのかもしれない。

私達は全体の一部だ。

自分の体の中にそれを見ることができる。

赤血球が自分の一部であり、マクロファージが自分の一部であるように。

私達は地球の一部であり、宇宙の一部だ。

死んだとしても、何かに形を変え循環している。

殺してきた命は私達の中に循環している。

そう考えると、帰る場所なんてなくても、自然にこの星の中に、宇宙の中に、埋もれていくのだろう。

寂しさとか孤独は、個々の捉え方であり、本来はすべての存在が全体を作っている。

 

一部は全部

全部は一部

 

私はやはり地球に還ろうと思う。

 

 

 

 

 

 

※写真https://images.nasa.gov

 

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