体験と生活

この二週間、一度も外出せず、ずっと家仕事をしていました。

友人が一度買い物してきてくれたのと、根菜類など野菜のストックがあったので、畑に行かなくてもなんとかなりました。

リンジーたちの餌が確保できたら、あとはなんとかなります。

独りなら一か月に一度の買い物で済みそうな気配(笑)冷蔵庫が動いていれば・・・・・の話。

喰うための仕事と生きるための仕事にシフトすると、時間はかかるしとても忙しいのですが、お金もどんどんかからなくなります。

でもその時間がすばらしく豊かなのです。それを第三者に任せたり依存して怠惰になった分だけ比例してお金も必要になります。

十八歳からずっと同じようなライフスタイルで生きてきました。

手作りできることは自分でするようにして、それを増やしていきました。

都会にいた頃はここまでする場所も環境もなく『プチ自給自足』などと言って四苦八苦していましたが、仕事もなるべく雇用されず個人事業などもして、優先順位はぶれないように精査し続けました。

 

私は子供の塾は反対派で自分で教えた類ですが、その分途上国に一緒に連れて行き現地の学校にいれたりもして有意義な教育費を使えました。

クラシックコンサートや絵画展、博物館などは二、三歳頃から連れて行きました。

机上の空論より実際に目で見たり体得することに価値を置いています。

そうやって幼児期から本物志向で生きてきたのに、山の生活は、まだ知らないことも多くあります。

ですが、毎日積み上げていくスキルが面白いし、自分の未熟さを感じることもワクワクする要素の一つです。

 

時々やるだけの『体験』と、知ったその日から継続する『生活』とは月と鼈。

決めたことを次々と継続するとすれば、高齢になるほどに毎日やることが多くなり、どんどん仕事の効率や速さがUPし、誰だって死ぬときはプロになっているのだなって思います(笑)

師を持つなら『体験者』ではなく『継続者』。

『資格取得者』ではなく『実践者』。

それでも物事の真髄なんて、数十年継続したくらいでは語りつくせないはずです。

前者がそれを仕事にしてしまったらとても無責任な人間だと思ってしまいます。だから箱の中の『作業』が出来る人と『仕事』が出来る人は似て非なるものだと思っています。

責任感がある人がリーダーになるのが自然の流れだと思います。

だから本来リーダーは自らしゃしゃり出る立候補ではなく推薦されるべきもの。

第三者でしか決められないことが本来群れの中にはたくさんあるのです。

そんな風に世がまわればこうはなっていなかったはず。

先住民の長老のように皆に尊敬されているでしょう。

変ですね どこもかしこも(笑)

今日も皆さんありがとう。

Pocket

0 comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です