原点に帰す

この数年、自分の時間が全く取れなくなったことで、幼少期から一貫して持っていた自身の核みたいなものからどんどん逸脱しているような気がしていました。

毎日怒涛のように愛を感じていた、2010年から2014年。

あの頃は、どのような事もすべてポジティブに考えられ、会う人会う人皆大好きになり、中学生から70代まで同じようにお付き合いできました。

もっとも自分らしい時期でした。

バイオリズムみたいなものがあるなら、それ以後今まで低迷期だったと思います。確実に。

 

愛する存在との死に別れが続き、死生観が大きく変わってしまったことも一つの原因です。

多種多様な美しい動物との出会いもあって、ニンゲンの醜さが露呈したことも要因です。

虚構の世界の中で耳や目を塞ぎたくなり、自分がホモサピエンスに生まれたことさえ呪いました。

2015年以降、はっきりと視えていたその世界は、人生で最大の嫌悪感を覚えた時間でもあります。

 

ですが、亡き存在は還ってこず、虚構は正されることもなく、たとえ嘘だらけの人生でもそれぞれが多分最善の生き方を選択しているのでしょう。

知らない人は必要のない人生だから知ることが無く、嘘はその人の最善の生きる道で、私が理解する必要もされる必要も全くないという、かつての考えに戻ることが出来ました。究極の自由ですね。

 

息子の事故の際、被告が罪の軽減のために言い訳や正当化をする姿を見て、アデノシン3リン酸をそういう生き物に使うこと自体が無駄だと思っていました。

なので、彼はその考え方で勝手に死ぬまで生きていけばよい、自分たちには全く関係のない人生だと思え、有意義なことにエネルギーを使えました。

関係のない存在は「無」にします。

そうするとそこに感情移入する必要もなくなります。

 

ですが過去には戻れません。

経験値が積み上がり、自分自身もあの頃と同じではありません。

それでも哀しみを乗り越えた先に軌道修正したい場所は、やはり同じでした。

 

もう長い間、自分の為に何もしていませんでした。

誰かのお世話や尻拭いはもうやめて、自分のゲームをクリアするために遊びたいと思います。

これからまた外へ出て、今まで知らなかった人や生き物と出会います。

そう決めていたらそのような流れになっていくのが不思議です。

 

愛は愛されることではなく愛することです。

たくさんの魂を愛しましょう。

 

 

万物に愛を。

今日も皆さんありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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