多くの人は、豊かな食と言えば、高級な外食をイメージするのではないかと思います。
ですが、私はアフリカで食べさせてもらった、生みたて卵のチャパティや丹精込めて育てた完全有機のルゼラティー、フィジーのロボなどを思い浮かべます。
そんな人々を尊敬し、なるたけ自己完結できることを多くしようと試行錯誤しながら自分なりにいろいろやってきました。
もちろん、彼らに比べればまだまだ世界の誰かや生物を搾取し続けている世界にどっぷり浸かった生活なのですが。
でも、始めなければ死ぬまで何も変わらないし、この不平等極まりない世界の荷担者で終わってしまうことは、なんとなく気分が善くない逝き方だと思うのです。
というわけで20年程続けてきたガーデニングのプチ自給生活から、一歩進んでゆるマクロビの自給生活に転向したのが4年ほど前です。
師を持つことが好きではない自分は、なんでも独学の自己流。
此処の土を見てあれはどうかこれはどうか、手を抜けるところと抜けないところ、上手くいった場合とそうでない場合、色々考えて何とか野菜らしきものは育つようになりました。それは雨のおかげでもあり、雑草のおかげでもあり、うちで共に生きる動物たちのおかげでもあります。
都会の繁華街のそばにいる頃は、ホテルモーニングを食べに行ったり、天然酵母のパン屋を探しては購入するような生活。良いものは徒歩圏内に揃っている土地だったので様々なものが手に入る「豊かな食卓」を作っていました。
今は良い品が並ぶ店も近くにはなく、電車で都会に買いに行くか作るしかありません。野菜だけでは立ち行かないので、数年後を見越して果樹も育てなくてはならないし、ハーブも常備しておきたいものの一つです。
化成肥料に頼らない栽培は数年は野菜も無駄に終わることも多く、それを見て隣人が野菜を分けてくれたり、結局直売所に野菜を買いに行ったりという生活が続きましたが、昨年の冬くらいから毎日何かしら自分が育てた野菜を食べられるようになりました。
今春は1ヶ月半ほど、農薬も化成肥料も使っていない苺を食べられました。苺自体はベランダガーデンから育て続ける20年来の付き合いのものですが、今年は大粒のモノが一日に100個とれる日も続きました。
今まで失敗続きだったケールも大きく育ち、もう二週間朝ごはんのスムージーにして飲んでいます。
昨日は掘り上げたじゃが芋でポテトサラダを作りました。調味料は1年前から熟成させた塩レモンなど。レモンも農薬が使われていないものです。
卵はお付き合いのあるご夫婦が育てる自然養鶏卵などを頂くことも多く、餌の配合から鶏たちへの愛情まで知っているので安心して食べられる高級食材です。
外食はほとんどしないけれど、近所のシェフの方がしょっちゅう持ってきてくれる手作り明太子やスープ、知人の無添加のケーキ、プロの調理師が我が家で作ってくれる創作料理やおせちなど。材料に何を使っているかわからないお店で食べるより、調味料も確かな彼らの美味しい一品は、身体にも嬉しい豊かな食となります。
互いに安心できる食事の交換をしながらのご近所付き合いはとても有意義で楽しいものです。
共に食卓を囲めるという事は、共同体ではもっとも重要なことかもしれません。
先ずは食を自己完結できるように最大限努力することは、多分生物の生きる基本のようなものではないかと思います。
ベランダで100種育てていたのでわかるのですが、少しくらいなら都会でもなんとかなると思います。食糧自給率の極めて低い日本ですが、個人が努力すれば社会の動きも併せて良い方へ変わっていくことでしょう。動植物や土との付き合いは、忍耐力と継続力がモノを言いますが、かけただけの愛情は必ず戻ってくるものです。
そしてそのように日々生活していると、衣も住もエネルギーも自分でなんとかする方向へ自然発生的に気持ちが変わっていくものです。
豊かな食卓は笑顔が溢れます。身体も喜びます。友人との会話も増えます。
毎日汗を流して真っ黒に日焼けして仕事をし、遊んでいる暇はないかもしれません。
ですが、質素でも皆で笑って恵みに感謝して囲む食卓は、とても満足のいく嬉しい時間になるのです。
万物に愛を。
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